| 2004年09月30日(木) |
(SS)パパがライバル |
「この間、進藤くんに卓球にさそわれたよ」
久しぶりに日本に帰ってきている父が、夕餉の膳を前に、ふと思い出したようにぽつりと言った。
「お父さんを…卓球に…ですか?」
知り合いに頼まれ、父がわざわざ帰国して参加した囲碁イベント。それに進藤も行っていたのは知っていたけれど、そんなことがあったとは全く知らなかった。
「ああ、若手の棋士でやっていた所に、たまたま通りかかったら声をかけられた」
あ、先生、お風呂行かれてたんですか?良かったら一局行きませんか?と、ラケットを差し出しながらにっこりと笑った。
その瞬間、その場にいた全員が固まるのが父にはよくわかったという。
「あまりスポーツは得意ではないからと断ったんだがね」
せっかく皆が楽しんでいる所を自分が入れば水を差すと、父は遠慮したのだけれど、進藤は言外の意味には気がつかなかったようで、「じゃあ審判でもいいですよ」と言ったのだと言う。
「周りの子たちはみんな固まっているのに、何故か彼はそれに全然気がつかなくてね」
結局審判をやらされてしまったよと、父は苦笑のように笑いながら言ったのだった。
「元名人の審判ですか」
それはさぞやりにくかっただろうなと思った。
この世界、上下関係はとてもはっきりとしている。まだ段位の低い若手の棋士にとって、引退しとたとは言え塔矢行洋は殿上人のようなもので、話しをするだけでも緊張だったことだろう。
なのにそれに屈託なく話しかけた上に卓球に誘う。まったくもって彼らしいなと思った。
普通の人がためらう所を彼は全然かまわない、良い意味で垣が無いのだろうなとそう思う。
「…で、どうでしたか?」 「どうって、そうだな。なかなかおもしろかった」
普段あまり若手と話す機会が無いのでおもしろかったよと言う、父の表情が穏やかなので、ああ楽しかったのだなと思った。
「付き合いで顔を出しただけだったけれど、たまにはああいうのもいい」
もし次があれば今度は審判でなく、卓球をやってみようかと父が言うのをぼくは驚いた気持ちで聞いた。
父が卓球。
親子として二十年近くこの人と暮らしているけれど、父が卓球をやりたいなどと言うのを聞くのは初めてだった。
「いや、本当に楽しそうだったのでな」 「それは…」
誰がですか?進藤がですか?と聞きたくなってやめておいた。 聞かなくてもそうなのはわかっていたからだ。
父とぼくは似ている。ぼくもよくそういう場で皆に交じれずに一人でぽつりといたりするのだ。
すると進藤はすぐにそれに気がついて、ぼくを人の輪の中に入れてしまう。
そうとは気がつかないさりげなさで、皆といることの楽しさをいつも教えてくれるから、父にもきっとそうしたのだろうなと思った。
「たまに、若手とふれ合うのもいい」
それは進藤がいたからですよと、言いかけてぼくはやめておいた。
(…だって)
人懐こく、誰にでも好かれる。
好きにならずにはいられないような。
彼を父と取り合うようなことだけはしたくないなとそう思ったから。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
自分のいない所でちょっと仲良ししている父とヒカルになんとなく焼き餅やいているアキラでした。
いや、あれでヒカルって実は年配者の受けがいいよねと思って。アキラよりたぶんかわいがられるんじゃないかなあ。
| 2004年09月29日(水) |
(SS)小さな幸せ3 |
「進藤、大好き」
満面の笑顔で言われてドキリとした。
「大好き」
「大好き」
「キミを愛してるよ」
きゅうっと抱きつかれて、囁かれる。
「世界中で一番好きだ」
うん、おれも大好きと答えながら、どうして酔っぱらってる時のこいつはこんなに素直でかわいいんだろうかと思った。
普段はあまり口に出して言わないのに、ある程度以上飲むと、途端に人なつこくなる。
猫のようにすり寄ってきて、おれに触れたがり、甘えたように言葉をねだる。
「キミも、ぼくのことを好き?」
しらふだったら死んでも言わないだろうなということを…でも、聞いてくれるのが嬉しくて答える。
「ああ、好き。大好き」
死ぬほど好きだよと言うと、満足そうにそのまま眠ってしまった。
人をその気にさせて、それはねぇだろうと思うけど、いつものことなので諦める。
まあ
こんなにカワイイこいつを
見ることが出来るんなら
それでいいや
| 2004年09月28日(火) |
(SS)小さな幸せ2 |
普段飲み過ぎるということは無いのに、その日は珍しく酔ってしまった。
珍しい酒が手に入ったと、ちゃんぽんで飲んだのと、それを勧めたのがお世話になった人だったということもあった。
なんとなく断れなくて、杯を重ねていたら、いつのまにか度を超した量になってしまったのだ。
ぼくはどんなに酔ってもそれが顔にほとんど出ないので、その場にいた人たちは気がつかなかったみたいだけれど、帰って部屋に入るなり進藤にはバレた。
「あーっ、もうなんでそんなに飲むんだよおまえ」
べろんべろんじゃんと、抱きかかえるようにされて、途端に張っていた気が緩んでもう立てなくなってしまった。
「一体どんくらい飲んだんだよ」
ぶつぶつと文句を言いながら、進藤はネクタイを解くと、ぼくの服を脱がせにかかった。
「…進藤」 「ん?」 「大好き」
それは本当に酔ったはずみでぽろっと出た言葉で、言った瞬間しまったと思ったのだけれど、進藤は少し驚いたような顔をしただけだった。
「はいはい。ありがとさん」
ぽんぽんと頭を叩かれて、ああ本気にしていないんだとそう思った。
「キミが好きだよ」 「うん」 「愛してる」 「うん、わかった、わかった」
完全に彼はぼくが酩酊しているものと思って、どの言葉も軽く受け流してしまっている。
「ほい、着替え完了。どうせ遅いと思って、布団敷いてあっからもうそのまんま寝ちゃえよ」 「じゃあ、キミも一緒に」
キミも一緒でなければ寝ないと試しに言ってみたら、進藤は一瞬黙って、それからはじかれたように笑った。
「あーっ、もう、なんでおまえ今日はそんなにカワイイの?」
そして普段はそんなことしないのに、ぼくの体を抱きかかえると、そのまま寝室まで運んで行って、そして優しく寝かせてくれた。
「―キミも」 「うん、今電気消してくるから」
軽くついばむようなキスだけをして、SEXはせずに、ただ戯れのように抱き合いながら、ぼくたちはその日一緒に眠ったのだった。
愛してる
愛してる
大好きだよと、布団の中で囁くと進藤は相変わらず本気にはしていなくて、でも幸せそうに笑った。
「うん、ありがと。おれも大好き」
「おはよう」と目が覚めてしまったらきっともう恥ずかしくて言うことは出来ないから―。
酔ったままのふりをして、ぼくは彼に一生分くらいの愛の告白をしたのだった。
愛情に言葉を惜しまない彼と違ってぼくは気持ちを素直に言えない。
なあ、たまには好きって言ってみろよと、冗談半分、本気半分言われても憎まれ口しか返せない。
「冗談じゃない」 「本気で言っているのか?」 「ぼくに勝ったら言ってあげるよ」
我ながら、よく捨てられないものだとそう思う。
もしぼくが彼だったらこんな恋人は絶対嫌だ。
会話も上手く無いし、笑顔でも無いし、優しい言葉をかけるでもない。 せめて好意を素直に表せたら少しはましだと思うのに、それすらも出来ないのだから呆れてしまう。
「あーっ、もうおまえつまんないの」
おれマジで浮気しちゃうぞと、本当に拗ねた時には言われてしまい、全身凍ったようになりながらも「好きにすればいい」と突っぱねてしまう。
一人になってから、彼に捨てられる所を想像して、泣いてしまったりもするのに、本当にバカだと自分を思う。
めったなことではなついて来ないのに、今日はなんだか人恋しいのか、あいつは朝から気がつけばおれのどこかに触れているのだった。
「なに?珍しいじゃん」
背中にもたれたり、座って雑誌を読んでいる足に頬をすり寄せてきたり。
「いつもはさ、頼んだって来てくれないのに」
からかうように言っても挑発に乗らない。 まるで暖を取るかのように、肌を寄せてくるので、何か落ち込むことでもあったのかなと思った。
「寂しい?」 「―いや」 「寒いの?」 「いや、別に寒く無い」
だったらなんでそんなにおれにくっついているんだよと、言ってもそれはスルーしてしまう。
(まあ、こういうのもおれは嬉しいし)
普段べたべたしてこないこいつが、寄ってきてくれるんだから別に理由なんてどうでもいいやとそう思う。
昼を食べて、夕方になって、薄暗くなった部屋の中で、ぼんやりとテレビを見ていたら、傍らで死体のように寝ていたあいつが、ふいに手を伸ばしてきた。
「暗い?電気つけようか?」
座っている膝に手をかけるので、起きあがるのかなと思っていたら、そのまま指がズボンの中に入ってきたので驚いた。
「な…なにしてんだよ」
無言のまま、ごそごそと探られてくすぐったくて払おうとするのに、塔矢は手を抜こうとはしない。
下着を探り、肌に直に触れる指に思わずぞくりと肌を震わせたら、初めて塔矢は口を開いたのだった。
「キミはぼくのものか?」
きゅっと長い指がおれのモノを掴む。
「ちょ…塔矢サン…一体何を」 「キミはぼくのものかと聞いてる」
言いながら動かされる指の感触におれのモノはあっというまに固くなって、恥ずかしさに顔が赤く染まった。
「っ…ておまえさぁ」 「まだ…答えてくれてないよ、キミはぼくの―」 「あー、もうおれはおまえのもんだよ、髪から頭からソコまで全部おまえのもんだってば」
それで気が済んだかと怒鳴るように言ったら、あいつは初めて笑顔になって「うん」と小さく頷いたのだった。
そうじゃないかと思っていたけど、やっぱりそうでよかったと。
満足そうな顔になったのに、でもまだ何か寂しいらしく、塔矢はおれを弄び続けるから、なんだかすごくかわいくなって、そのまま押し倒してヤってしまった。
小一時間。
終わった後、布団に移ってからもあいつはおれのモノを掴んだままで、そのまま眠ってしまった。
気持ち良さそうに、安心しきった顔をしているのを見ていたら、おれもあいつに触りたくなって、液に汚れたあいつのモノを指で絡めるようにそっと握った。
手の中の感触は温かく柔らかく。とても気持ちよくて幸せな気持ちになった。
「おれの全部、全部をあげる」
だからおまえの全部もおれにちょうだいと、そう囁いたら眠っているはずのあいつはきゅっとおれのモノを強く掴み、優しく微笑んで「あげるよ」と言ったのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
結局なんなの?と聞かれたら、いやそこ握ると安心するよねと、ただそれだけのお話しでした。 実際はそんなもんついてないから本当にそうかはわかりませんが。
好きだよ 好きだよ 好きだよ 好きだよ
風の中に叫んでみたら少しだけすっきりした。
こんなにも好きなのに、気持ちの欠片も届かないのは何故だろう?
好きだ 好きだ 好きだ 好きだ
こんなに好きなのに どうしてこれっぽっちもあいつに伝わらないんだろうか。
辛い 辛い 辛い 辛い
キミなんか好きにならなければよかったと 眠れない夜に泣きながら思う。
苦しい 苦しい 苦しい 苦しい
手に入らないなら もう一生見なくてもいいとそう思う。
こんなに
こんなにも
好きなのに
どうして恋は
痛みだけをぼくたちに与えるんだろうか?
| 2004年09月15日(水) |
(SS)とおいとおいきたのくに |
ふと、ぽそっとあいつがつぶやいたのに「なに?」と聞き返すと、驚いたような顔をされた。
「…え?」
どうも無意識だったらしく、ついうっかりと思っていたことを口に出したのをあいつは恥じているようだった。
「なあ、今なんて言ったの?」
独り言というよりもそれは詩か歌の一節のようで、なんだか妙に耳についたのだ。
「…マザーグースだよ」
おれが話をそらす気がないのを見て、観念したように言う。
「本当にぼんやりと思い出していただけなんだけど」 「どんなの?」 「ん…」
そしてあいつが今度は、はっきりと繰り返したのは短い三行詩みたいな詩だった。
とおい
とおい
北の国
ロバが苦しい咳をしてる
「そんだけ?」 「さあ?」
もっと長いものなのかもしれないけれど、ここしか知らないのだと言ってあいつは苦笑のように笑った。
「昔、子どもの頃に読んでもらった本に出てきたのだったかな。もう…よく覚えていないんだけど、なんだかとても印象に残っていてね」
なんだか寂しい詩だよねと、言うあいつの顔も寂しそうで、ああ親のこと考えてるんだなとそう思った。
少し前、小さな発作を起こした塔矢先生は、入院してまだ病院での生活を続けていたから。
「切ないね」
それはロバに対して言ったのか、それともいつか来るかもしれない別れを想って言ったのか。
「うん…切ないな」
とおい
とおい
北の国―
覚えたばかりの詩を口の中で繰り返しながら、おれは佐為のことを考えていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ずっと前、エヴァのパロのタイトルにもつけた詩。 もしかしたらヒカアキでも小ネタで書いているかもしれないですがその時は笑って許してやってください。
風呂上がり、ふと気がつくと進藤がこちらをじっと見ていて、なんだろうと見返したら目をそらされた。
「…なに?」
なにか言いたいことがありたそうだったのにと近寄って行くと、何故か背中をむけられてしまった。
「なんでもないよ、あっち行け」
しっしっと追払われて、なんだか非道く理不尽な気持ちになり、逆にべたっと背中に張り付いてやった。
「なんだその言い方は。何か言いたいことがあるならちゃんと話せ」 「話せって別に…そんな大したことじゃ」
言いよどむ、彼の首筋が真っ赤に染まっていることにようやく気がつく。
「どうした?具合でも悪いのか?」
熱でもあるのかと額に手を伸ばそうとしたら、ああっもうと怒った口調で向き直られた。
「もう、もう、どうしておまえってそう天然なんだよ」 「天然って」
失礼な物言いにむっとする。
「その言い方は無いだろう?そもそもキミが挙動不審だからいけないんじゃないか」
さっき何か言いたかったんだろう、今すぐそれを言えと厳しい口調で迫ったら、進藤はひどくうろたえて、心底困った顔になり、それからぽそっと言ったのだった。
「だって言ったらおまえ、きっとおれのこと変態だって言う」
赤い顔で言われて、一体どんなことをと身構えたら、進藤は情けない声で「違うって〜」と言った。
「そんなすげえことおれ考えてないよ」 「じゃあなんだ?キミが話さなければわからないだろう?」
詰め寄ると観念したようで、ため息をつきながら進藤は言った。
「におい…かがせて欲しいなって」 「は?」
一瞬意味がわからなくてきょとんとしたら進藤は、あーっもうだからっ!と頭をかきむしってしまった。
「おまえ、すごく…いいにおいするんじゃないかなって」
首すじとか、髪とか、だから嗅いでみたくなったんだと逆ギレのように言われて思わず吹き出した。
「なんだ、そんなこと」 「そんなことって言うけどさ、んなこといきなし言ったらおれ変態みたいじゃんか」 「いいよ?」
どうぞ好きなだけ嗅いでもいいよと、そう言ったら進藤はぴたりと動きを止めて、それからいきなりうつむいてしまった。
「進藤?」
何か変なことを言ってしまったかと思って見ていると、ちらりと進藤が上目でぼくを見た。
「ほんとに?」
ほんとにいいわけ?変態って言わない?と、繰り返す言葉が拗ねたようで、照れているのだとようやくわかった。
「いいけど?別に」
ぼくたちは体の関係を持ち、互いに知らない部分が無いくらいになっている。なのに今更なにをそんなにためらっているのだと、ぎゅっとその頭を抱き込んでやると、進藤はそろそろと腕をまわしてぼくを抱き返した。
「においでもなんでも嗅げばいい。抱きしめても抱いても何をしてもいいよ」
だってぼくはキミのものなんだからねと、そう言ったら進藤はかすれるような声で「ありがとう」と言い、ゆっくりとぼくの首筋に顔を埋めた。
「ん…、やっぱおまえ…」
すごくいい、すごくいいにおいと、うっとりした声で言うと、進藤は満足そうな息をもらし、それから改めてぼくの体中をたどりはじめたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
昨日、ラジオを聴いていて、においフェチの話が出てまして、ああきっとヒカルはアキラの体のにおい嗅ぐの大好きだろうなあって(笑) でもそういうのって、えっちの最中になら別に平気にできても、普通の生活をしている時には恥ずかしくって言えないだろうなと。そう思ったわけです。
どうして彼はいつも声を殺して泣くんだろうか。
気がついた時、進藤は布団の上に半身を起こしたまま、両手で顔を覆って泣いていた。
こんな夜に、ついさっき幸福に愛し合った恋人が肩を振るわせて泣いている。
その理由がわからずに、でもこんなふうに闇の中で一人で泣いているのは、なんだかとても彼という人に合っているようなそんな気持ちになってしまって、それがすごく悲しかった。
笑っているばかりで自分の傷は決して見せない。進藤はそういう人だから。
「進藤」
声をかけても返事をせず、ただ声を殺し泣き続ける。
泣き女というものがあるけれど、泣き男というものもあるんだろうかと、ぼんやりとバカなことを考えた。
泣く女の姿は悲しさに満ちているけれど、泣く男の姿は、ただひたすらに悲しいなと、そう思ったら胸が痛んだ。
「泣かないで…進藤」
手を触れることもためらわれる、彼の悲しみはとても深い。
「キミが泣くと…ぼくも辛い」
愛している、それだけでは、どうにも出来ないこともあるから。
ぼくは彼の体を抱きしめると、彼が疲れ果てて眠るまで、共に静かに泣いたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ヒカルの全てを受け入れる人、それが私の中のアキラです。
許される夢を見て、微笑みながら目を覚ました。
これからはまたずっと一緒ですよと。 また、たくさん打ちましょうねと、言われて嬉しくて、抱きついてしまった。
うん、打とうぜ。 おれ、ずっとおまえに会いたかった。
会いたくて、会いたくてたまらなかったと、寝ぼけ眼で起きあがった時、手が温かいものに触れてぎょっとした。
「さ…」
振り向くと、そこには気持ち良さそうに眠っている整った横顔があり、その瞬間、正気に返った。
「あ…」
夢だったのだと、今まで会っていたそれは、夢の中の出来事だったのだとそう悟る。
「そっか…そうだよな」
暗い室内、時計の針の音だけが虚ろに響いて、なんだかたまらない気持ちになった。
「なんで…おれ…今頃…」
こんな夢を見たんだろうと、罪悪感に苛まれながらそう思う。
傍らで眠る最愛の人。
その顔を見る事に喜び以外を感じることなど無かったのに、今、夢で見た相手では無かったことに深く、深く失望した。
「…ごめん」
夢で見た佐為に謝り
「ごめん」
傍らで眠る塔矢に謝る。
二人ともおれの大事な人で、なのに今、おれは二人共を裏切ったような、そんな気持ちになったから。
「ごめんなさい」
何年たっても忘れることが出来ない。
生々しい傷を抱えたままの、おれはまだ子どもなのだと。
そう思ったら涙が止らず、泣けて泣けて仕方無かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ヒカ佐為というわけで無く、佐為ヒカというわけでもなく、三角関係でもありませんので〜。←じゃあなんだ。
| 2004年09月08日(水) |
(SS)今日も彼はトリビアを見ていたようで |
指導碁を終えて帰宅すると、ドアを開けるか開けないかのうちに進藤がかけよってきた。
「なあなあ、おまえパスポート持ってるよな」
がぶり寄るように迫られて少々驚きながら答える。
「え?まあ…持っているけど」
それはもちろん海外棋戦もあるのだから、何年も前に作って持っている。
「旅行行こう!旅行!おれ海外旅行行きたい」
何をいきなりと思いつつ、リビングのテレビがつけっぱなしなのを見て、また海外ロケの番組でも見たのだなと思った。 根が単純な進藤はスペシャル番組などを見るとすぐに影響されてしまうのだ。 今日もまた旅番組でも見て、それで自分も旅行に行きたくなったに違い無い。
「いきなり海外って言われたって…じゃあ中国とか?」 「なんで! おまえの親父に会いに行けってのかよ」
いや、まあ、それはそれでいいんだけどさと進藤はぶつぶつと言っている。
「もっとこう、ドキドキわくわくするような所に行きたいんだってば」 「じゃあ…韓国?」 「永夏の本拠地じゃんかよ!」
ある意味ドキドキもわくわくもするのではないかと思うのに、進藤の顔は思い切り渋い。
「そりゃ秀英には会いたいけどさー」と、どうも様子を見るからに他に具体的に行きたい所があるようなのだ。
「じゃあ…キミはどこに行きたいんだ?」
とんでもない国で無ければ考えてあげてもいいよと言うと、進藤は、ぱーっと電球がついたみたいな明るい顔になった。
「おれ、おれ、ハンガリーに行きたい」 「ハンガリー?」
彼のボキャブラリーの中にはとうてい入っていなさそうな国名に思わず首をひねる。
「ハンガリーって、何か遺跡とか?」 「ううん、おれ温泉行きてーの」 「温泉?」
うんと、大きくかぶりをふって頷くと、進藤はキラキラと目を輝かせながらこう続けた。
「だってさ、だってさ、ハンガリーの温泉ではみんな裸エプロンなんだぜ!」
「それは女性の話だろうが!」
たまたまぼくもそのテレビは指導碁先でお茶をいただきながら見ていたのだ。
「えーっ、でも絶対におまえも―」
似合うってと続けるのを鞄でめった打ちにして黙らせると、ぼくは一人で和室に向かい、どっと疲れたような気持ちになりながら着替えを始めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
見られなかったトリビア(涙) 裸エプロンのアキラ。 ヒカルじゃなくても見たいぞ。
寝転がって雑誌をながめていた進藤が、ふいにぼそっと言った。
「680」
え?と思って尋ね返すと、「んーいや、ちょっとこれ見ててさ」と言って進藤はぼくに見ていた雑誌を差し出した。
「日本の夫婦がえっちをする平均て、年に36回くらいなんだって」 「それが?」 「んー…おれらってさ、ほとんど毎日してるじゃん? そんでもってするときって大抵一回じゃないからさ、単純計算でも一年で680回はしてるんだなあって」
すげえなあと思ったんだと進藤は雑誌に目を落としたままつぶやくように言った。
「…なっ」
めずらしく真面目な顔をして雑誌を読んでいると思ったらそんなことを考えていたのかと呆れるのを通り越して脱力してしまった。
「つーことはさ、普通の夫婦の20倍くらいやってんだよな」 「……計算上ではそうかもね」
ああ、なんて生々しい会話だろうか。
「あのさ」 「…なに?」 「なんかさ」 「…だから、なに?」
「おれたちすげー愛し合ってるじゃん」
これだから進藤は!
にっこりと邪気無い顔でそう言われて、ぼくは言葉も無く、畳の上の突っ伏したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
すみません、あんまり意味はありません。 平均は本当に36回くらいだったと思います。一度につき複数回やらなくても、ヒカアキちゃんたちはほぼ毎日やっているだろうと思うので、それだけでもフツーの夫婦の十倍です。滅茶苦茶愛し合ってます(笑)
叫びたい
叫びたい
叫びたい
心の内にあることを全て言葉にして吐き出してしまいたい。
「キミがっ…」
「キミが好きっ…」
顔を覆う指の合間から涙がこぼれ落ちる。
「キミがっ…」
好きで
好きで
好きでたまらない。
「進藤っ…」
でもキミはぼくがキミを好きなほどには、きっとぼくを好きでいてはくれないから。
狂ったような想いに胸が塞がれてもう息も出来ないのに、ぼくは―。
「好…」
もう声にすらすることも出来ない。
キミが世界中の誰よりも好き。
「好きなのに…進藤…」
こんなに辛いのならば、恋なんてしなければ良かった。
風邪をひくからと人が何回も言った言葉を「暑いから」の一言で進藤は聞かなかった。
風呂上がり、暑いのはわかるけれど、いつまでも裸で転がっていたら冷えないはずは無いのに、手で自分の顔を扇ぎながら結局の所は居眠りしてしまっていて、ぼくが気がついた時には結構、肌は冷えてしまっていた。
「ほら、進藤」
揺さぶっても起きない。
どこでどうしてそういうことになったのか知らないけれど、頼まれて草野球に混ざってきた進藤は、だから非道く疲れていた。
「やっぱたまに体、動かさなきゃ駄目だよなあ」
帰ってくるなりごろりと横になり、ジムにでも通うかなあとつぶやいた。
「そんな、体力落ちてないだろう?」
本当に囲碁だけだったぼくに比べて、彼は友人も多く、時にはこんなふうにスポーツにかり出されることもある。 どちらかというとやせ気味の体に、ちゃんと筋肉はついていて、脱いだ時の体の線には見慣れているとはいえ、ほれぼれする時がある。
「でもやっぱ、前よりは全然落ちちゃったからさぁ」
ビールをふるまわれたとかで眠くてたまらないらしく、何度もあくびをかみ殺すのをなんとか風呂にだけは入れた。
けれどそこで気力が尽きてしまったらしい。進藤は出るなりろくに体をふきもせずに畳の上に転がるともうそのまま動かなくなってしまったのだった。
「…もう」
どうしてこうも人の言うことを聞かないのだろうと、今は安らかな寝息をたてている顔にしかめっ面をして見せる。
「ぼくが言うことなんか、うるさいとしか思っていないんだろうな」
ぼくはキミのお母さんではないし
ぼくはキミのお父さんでもない。
でも、だれよりもキミを大切に思っているのにと、それだけはわかってくれているのだろうかと少し悲しい気持ちでそう思う。
「進藤」
無駄と知りつつもう一度呼びかけて、でも返事が無いのにため息をつくと、ぼくは夏がけの布団を押し入れから出した。
夏の終わりは微妙で、エアコンをつけるほど暑くないくせに、窓を開ければ涼しい。
(寒いくらいだ)
そう思いい、布団をかけてやろうとした時に、進藤が寝返りをうった。 広い背中が晒されて、思わずそれに手を伸ばす。
ひやりと
やはり冷えてしまった肌は、でもぼくの手には心地よく、そのまま被さるようにして進藤の背に抱きついた。
起こさないように、重さをかけないようにして、日焼けした背に頬を当てる。
こんなに夏色をしているのに、こんなにも冷たい。 それは少し進藤自身にも似ているかもしれなかった。
燃える火のように激しいくせに、その底に似合わない冷静さがいつもある。
子どもの頃からそうだったのか、それとも棋士としての成長がそうさせたのかは知らないけれど、時たまその冷たい部分を見せられると、知らない人間と接しているような気がして少し寂しくなる時がある。
キミは変わる。 ぼくが変わらないのに。
今はまだ上にいるぼくをいつか棋力で追い越して、どこか遠くに行ってしまうのかと、そんな予感を抱きながら、でもまだ行かないで欲しいとそう思う。
ぼくはぼくのままでしかいられなくて、たぶんキミが行く時も同じ場所で止まっていると思うから。
ぼくはぼくの歩みで進みながら、でもキミの行く先も見たい。
だって彼はぼくが唯一と決めた相手だから。
「進藤…」
すりと頬をすり寄せながら、知らず涙がこぼれていた。
「キミと一つになれたらいいのに」
このままこうしてキミと一つになれたらいい。
そんなこと出来るはずは無いけれど、キミの一部になり、キミと共に生きていけたらと、そんなバカなことを思った。
夏の終わり
風の冷たい夜の出来事。
| 2004年09月01日(水) |
おれたちはまたトリビアを見ていたわけで |
「なに?」
何気なし、テレビを見ていてついふうんと言ったら進藤がすかさず聞いてきた。
「ん、いや、結婚に際して重要なことは愛かお金かってのをやっていて―」 「んなの」
ぼくが言いかけた言葉にちょっときょとんとしたような顔をして、それから進藤は即座に言った。
「愛に決まってんじゃん」
そしてにっこりと笑うと身を乗り出して、ちゅっとぼくにキスをした。
「なあ?」
ぼくは…ぼくは…。
「おまえもそう思うだろ?」
「…うん」
顔も耳も首筋も真っ赤にそまる。
「うん…ぼくもそう思うよ」と、恥ずかしさで死にそうになりながら、ぼくはうつむいて小さな声で答えたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ヒカルは間違いなく即答だろうなとテレビを見ていて思いました。それでもってアキラはというと、心でそう思っていてもヒカルのようにはっきりと口には出せないわけです。
やっぱお金も少しは必要だしと余計なことを考えてしまう自分に比べてなんてヒカルは迷いが無いんだろうと、自分も即答出来なかったことを恥じていたりするわけです。
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