エンターテイメント日誌

2006年06月24日(土) 韓流よ、どこへ往く?

日本で一時期飛ぶ鳥を落とす勢いだった韓国映画が、今年になってあまり当たらなくなってきた。息切れ状態である。「デイジー」の興行成績も期待外れだったという。日本人って飽きやすいからね。ティラミス、イタ飯、もつ鍋、エリマキトカゲ、癒し系、ジンギスカン...。さまざまなブームがあったけれどみんな1,2年で風と共に去っちゃった。

映画「ダンサーの純情」は韓国で250万人以上が観たという大ヒットを記録した。主演のムン・グニョンちゃんは“国民の妹”と呼ばれるくらいに親しまれている。グニョンちゃんの「マイ・リトル・ブライド」を昨年観たときは立ち見の出る盛況だったが、「ダンサーの純情」では空席が目立った。

映画の評価はB+。韓国映画にありがちな難病・交通事故・すれ違いといった安易なお涙頂戴のメロドラマに流れることなく、しっかりと骨格のある物語で好感を抱いた。ムン・グニョンちゃんは可愛いだけでなく見事な踊りも披露してくれて瞠目した。聞くところによると彼女はこの映画を撮影するまでダンスの経験は全くなかったという。一から初めてここまで持ってくるんだからすごい女優根性だ。まあ、客観的評価はB程度なのだけれどグニョンちゃんのガッツに免じて+をおまけする。



2006年06月20日(火) ある女の一生

中島哲也監督は天才だ。もちろん映画「嫌われ松子の一生」の評価はAである。「下妻物語」も傑作だったが、「嫌われ松子」はよくもまあ、あの陰惨な原作からこのような極彩色のミュージカル映画を作り上げたものだとほとほと感心した。「オズの魔法使い」など黄金期のMGMミュージカルを彷彿とさせ、と同時にディズニーのミュージカル・アニメ風でもある。日本でこれだけ完成度の高いミュージカル映画は稀有である。

しかしこの映画が掛け値なしの傑作であるということと、筆者が好きであるかどうかは全く別問題だ。いくら表層はファンタジーでも、救いのない物語であることに変わりはない。カタルシスがないというか、観終って鬱々とした気持ちになった。まあ、お話どころか映画の見てくれ (Look) もお粗末・悲惨な「ダンサー・イン・ザ・ダーク」よりは遥かに見応えがあるのだが。

中谷美紀が熱演。しかし、もともと演技が巧い人ではないので、若干空回り。クドカン(宮藤官九郎)演じる太宰に憧れる破滅型小説家がはまり役で最高に可笑しかった。



2006年06月17日(土) マニア兄弟

「間宮兄弟」は、あたかも「かもめ食堂」のような<ほのぼの系>映画であるかのように吹聴されているが、それは真っ赤な嘘である。

いい年をしたオタクの独身男二人が自宅でじゃれあいながらカウチポテト(couch potato)している。これは決して観ていて癒される情景ではない。単に気色悪いだけだ。

全体に流れる緩い時間が心地よいという人がいるかもしれない。しかし筆者に言わせれば間延びしてだらしないだけ。この映画の評価はDである。

脚本監督の森田芳光が「の・ようなもの」「家族ゲーム」「それから」を撮っていた頃、彼の才能は満ち溢れ、前途洋洋であった。それがこの体たらく。情けない。まあ最悪だった「模倣犯」よりはマシといった程度。

この映画の唯一とも言える救いは沢尻エリカがめっちゃ可愛いことくらいだなぁ。



2006年06月10日(土) 老いるということ

渡辺謙がエグゼグティブ・プロデューサーと主演を兼ねた映画「明日の記憶」の評価はBである。

とにかく原作に惚れ込んで、どうしてもこの主人公を演じたいと執念を燃やした渡辺の気迫が映像から滲み出している。監督の堤幸彦は独りよがりの演出をする駄目な奴だと見くびっていたが、今回は正攻法で卓越した仕事をした。かっちりした原作があって、意欲的なプロデューサーが厳しい目を光らせてる環境下で、それが良い意味で足枷となって功を奏したのだろう。今後も堤には好き勝手をさせず、さまざまな制約でがんじがらめにすべきである。それにしても渡辺は堤に電話を掛けて直接交渉したそうだが、なかなか見事な選択眼である。

結局この映画が語りかけてくるものは、人は望むと望まざるとに関わらず、みな年老いていくということなのだろう。老いを否定することなど誰にも出来はしない。若年性アルツハイマー病に罹った主人公は、他の人よりも数十年早くそれが訪れたというだけのことだ。老いとか痴呆に人はどう立ち向かえばいいのか?その重い問い掛けが観客の胸にずしりと響く。

ラストシーンが美しく、そして哀しい。これは悲劇であるが、と同時に振り出しに戻っただけのハッピーエンドなのかも知れない。樋口可南子が好演。その泣き笑いの表情が深い余韻を残した。



2006年06月06日(火) 寒い国から暑い国へ

映画「ナイロビの蜂」の原作は「寒い国から帰ってきたスパイ」で有名な冒険小説の巨匠ジョン・ル・カレである。両者を比較するとプロットの基本構造が似通っていることが判る。

映画の評価はA。まず原作者はイギリス人で、舞台はアフリカなのにブラジル人の監督フェルナンド・メイレレスを大胆にも起用したことを高く評価したい。「ダーク・ウォーター」のウォルター・サレスもブラジル人、「ザ・リング2」の中田秀夫と「THE JUON 呪怨」の清水崇は日本人、「ブロークバック・マウンテン」のアン・リーは台湾人、「トロイ」「ポセイドン」のウォルフガング・ピーターゼンはドイツ人、「サイダーハウス・ルール」「ショコラ」「カサノバ」のラッセ・ハルストレムはスエーデン人、「エリザベス」「サハラに舞う羽根」のシェーカル・カプールは印度人である。才能さえあれば世界中から人材を招き入れる。これこそがハリウッドのしたたかさである。

フェルナンド・メイレレスは母国で撮った「シティ・オブ・ゴッド」の驚異的編集術で世界をアッと言わせ、外国語映画ながらアカデミー編集賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた男だが(もしこれが非ハリウッド映画でなければ当然受賞した筈)、今回の「ナイロビの蜂」の切れ味鋭い編集も凄い。映像も凝っているし、その演出力は圧巻である。ミステリの体裁をとりながら、アフリカの現実を観客に突きつける社会派の要素を盛り込んだ脚本も上手い。くすんだ色調のイギリスの場面よりも色鮮やかに描き出されるナイロビの人々の生活が実に生き生きとしており、第一世界から搾取される側に立つ同じ第三世界の人間として、ブラジルの監督がアフリカに共感していることが窺われた。



2006年06月03日(土) ショート・レビュー短期集中砲火〜桃色の豹

本日より、溜まりに溜まったレビューを数日ごとに放出していく。読者諸君、取り残されないようついて来てくれ。

「ピンク・パンサー」の評価はB。はっきり言って「ダ・ヴィンチ・コード」より断然面白い。ジャン・レノは両者に刑事役で出演しているが、「ピンク・パンサー」の方が似合っている。スティーブ・マーティンは主演のみならず脚色も手がけている。様々な伏線が最後にぴしゃりと収まるべきところに収まって、すこぶる話の出来が良い。べたなギャグ満載だが結構笑える。マーティンの初期の傑作、「二つの頭脳を持つ男」「オール・オブ・ミー」などを彷彿とさせた。いや、もっと遡ってサタデー・ナイト・ライブ時代の彼が蘇ったと言っても過言ではない。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]