ああ、今日で6月も終わりか。 いろいろ期待していることがあったのに、今月はまとまらなかった。 ということで、結果的に何もないひと月だった。 ま、来月は1年半ぶりに飲み会があるそうだし、何かいい月になりそうな予感がする。 その予感を楽しみにしておこう。
そういえば、このブログもあと4ヶ月ちょっとで終わる。 4月以降、誕生月の11月まで待たないで、さっさと終わらせようと思ったりしたことも何度かあった。 「満年齢でいかなくても、数えで充分だろう?」という悪魔の声も何度か聞いた。 でもダメである。 意地っ張りな性格なので、とにかく40代最後の日、つまり今年の誕生日の前日まで書かないと気がすまないのだ。
もし今終わったら「頑張らなかった40代」という結果になってしまい、この先ずっと後悔することだろう。 だから意地でもやめられん。
昨日、ヒロミから「明日休みだから遊ぼうね」というメールが届いた。 そこで嫁ブーに連絡を取らせ、会うことになった。 午前中はヒロミも嫁ブーも病院に行っていたので、会ったのは昼以降だった。
エアコンの効かない車で、嫁ブーと二人小倉まで行った。 街の中心部では駐車しづらいので、ちょっと離れたところに駐めることにしたのだが、ぼくたちやヒロミが知っている共通の場所といえば、昔いっしょに働いていた会社しかない。 ということで、ヒロミにそちらに来てもらった。 その会社、ぼくが働いていた頃は5階建てのビルだったが、今は建て替えて3階建てになっていた。 そこには、まだ何人かの同僚が働いているらしい。 が、会社部は3階で駐車場は1階ということで、会うこともなかった。
その後ぼくたちはショッピングセンターに行って、食事をしたり買い物をしたりしたのだが、今日はそれほど時間がなかったし、雨もけっこう降っていたので、遠出はしなかった。 次回はいつになるかわからないが、時間をゆっくり取って、温泉巡りでもしてみようと思っている。
ところで、ヒロミだが、何の病院に行っているのかと聞いてみると、耳鼻科に行っていると言う。 耳鼻科と聞いて、ぼくはてっきり、爪楊枝で耳をかき回しすぎて炎症を起こしたものと思っていた。 ところが、悪いのは鼻だという。 「え、鼻に爪楊枝入れたんか?」 「え、爪楊枝?」 「おう。爪楊枝で鼻の中をかき回して、鼻が悪くなったんやろ?」 「そんなことするわけないやん」 「じゃあ何の病気か?」 「鼻炎よ、アレルギー性の鼻炎」 「なんか鼻炎か」
ヒロミなら、鼻に爪楊枝を入れてかき回すくらい平気でやりそうなので、返事を期待していたのだが、そうか、鼻炎だったのか。 ちょっと残念だ。
最近はいつ雨が降り出すかわからない。 いくら天気予報で降水確率0%と言っていても、外れることがある。 そういうわけなので、なかなか窓を開けて外出する勇気がない。 ぼくの部屋は風の通らないし、パソコンが常時入っているので、窓を開けておかないと、帰ってきた時に酷い暑さになっている。 しかし、やたら窓を開けることも出来ない。 なぜなら、窓際に机があり、そこに精密機械だとか、山積みの書類だとかを置いているからだ。 雨が降ると、そういう物が濡れてしまう。 前に一度、それで書類をダメにしたことがある。 それ以来神経質になっているわけだ。
今のレイアウトにして、もう7年が経つ。 上記のようなこともあるし、何よりもこの配置に飽きてきている。 風水を参考にして、変えてみるかな。
暑い。 相変わらず、昼間にウォーキングをやっている。 ちょっと前までは、ある程度出ると止まっていた汗が、今はずっと出っぱなしだ。 帰ってくる頃には、上も下も汗でびっしょりになっている。 ま、汗をかくだけならいいのだが、そこに別の問題が出てきた。
先週は雨が降ったりやんだりで、なかなか晴れ間が出なかった。 そのせいで外に干すことが出来ない。 そこで寝室に竿をかけて、部屋干しすることにした。 一度乾燥機で半乾きにしてから干すので、かなり早く乾く。
ところが、そこに落とし穴があった。 実は、うちの洗剤は部屋干し用ではなかったのだ。 そのため、汗などで湿気ると、すぐに妙な臭いがしだす。 そう、問題というのは、汗のせいで下着が臭くなることだ。 どんな臭いかというと、納豆の臭いである。 嫁ブーに、今度洗剤を買う時は、部屋干し用の液体洗剤にしろ、と言っておこう。
昼間、また空がモヤッとしていて、数百メートルくらい先の景色が霞んでいた。 「また光化学スモッグか?」 と思っていたら、今日は違っていたようだ。 気圧の谷間にかかっているために濃霧が発生したらしい。
しかし、紛らわしい。 ま、ニュースや天気予報を見れば判断がつくのだろうが、いったん外出してしまうと、なかなかそういうのを見る機会はない。 で、今日、ぼくは勝手に光化学スモッグと判断してしまったのだ。 そして、その条件反射のせいで、目が痛くなり、のどがチカチカし、最後には頭まで痛くなってしまった。
いつもドラマ『プロポーズ大作戦』を見ている時に、東京にいた頃のことを思い出していた。 もちろん東京時代にタイムスリップを経験したわけでもないし、東京で愛の告白をしたという体験を持っているわけでもない。 でも、何か似ているのだ。
いったい何が似ているのだろうと、いろいろ考えていたのだが、最終回の今日、ようやくそれがBGMにあるという結論に達した。 『プロポーズ大作戦』の主題歌は、サザンオールスターズが歌っている。 それがドラマの中で効果的に使われていた。 ぼくが東京に住んでいた頃もうそうだった。 個人的なイベントがあるたびに、いつもサザンの歌がかかっていたのだ。
友人たちと西伊豆に海水浴に行った時もそうだったし、富士山に行った時もそうだった。 帰省の前日に飲み過ぎて、二日酔い状態で飛行機に乗ることになったのだが、その時友だちが羽田空港まで車で送ってくれた。 その時も、車の中ではサザンがかかっていた。 頭の痛みを抑えながら、サザンを聞いていた。 その当時かかっていたのは、当然ながら今ヒットしている主題歌の『明日晴れるかな』ではなく、『勝手にシンドバット』であり『いとしのエリー』だった。
しかし30年近くも前の古い歌なのに、なぜ今につながるのかというと、それはサザンのサウンドの基本的な部分が変わってないからだと思う。 二十歳前後という多感な時期を、今も変わらぬサザンのサウンドとともに過ごしてきた経験を持つからこそ、ぼくはこのドラマに自分の過去を見る思いがして、愛着を持ったのだと思う。
| 2007年06月24日(日) |
24時間営業のスーパー |
ぼくの住む地区には、24時間営業のスーパーが二つある。 ぼくの町内に一つと、隣の町内に一つだ。 その隣の町内にあるスーパーだが、隣とはいえうちからはけっこう離れた位置にある。 そのため車でないと行く気がしない。 それが面倒だ。 ということで、今までその店には行ったことがない。
二日前のことだった。 ビールが切れていたので、嫁ブーを迎えに行ったついでに、どこかのスーパーに寄って買うことにした。 最初はイオンに寄るつもりだったが、時間は午後10時少し前、もう閉まる時間だ。 コンビニで買ってもいいのだが高い。 ということで、24時間のスーパーに行こうということになった。 で、どちらのスーパーに行くかだが、せっかく車で行くのだからということで、隣の町内のほうを選んだ。
そのスーパーは、高級住宅地のすぐそばにあるせいか、うちの町内のスーパーよりも店構えはきれいだ。 だけど、中はさほど変わらなかった。 品揃えもさほど変わらない。 ところが、一つだけ違うことがあった。
それは価格である。 ぼくが普段買っている商品の値段が、やたら高いのだ。 10円20円の差ではない。 2リットル入りのお茶で120円、コーンフレークは80円、せんべいが50円…。 単価100円200円の商品で、この価格差は酷い。 人をバカにしてると言ったほうがいい。
いくら高級住宅地に近いとはいえ、利用するのはそこに住むお金持ちだけではない。 近くには学生アパートも多くあり、日に1000円以下でやりくりしている人も多くいるはずだ。 まあ、近くにはディスカウンター化したドラッグストアなどがあるので、バランスは取れていると思う。 だが、昼間はそういうところでいいだろうが、夜はそこしか開いてないのだ。 苦学生たちは、必要とあらば、そこで他のスーパーの倍近くのお金を出して、買い物をしなければならないことになる。
まあ、そのスーパーはチェーン店なので、その店独自の判断で価格をいじれないのはわかる。 だが、もう少し周りの状況を見て改善してもらいたいものだ。 「開けてやってるんだから、文句を言わず買え」では、お客は寄りつかないだろう。 別に24時間営業をやっているのが、偉いのではないのだから。
このところ、毎日一編、このブログ(随処作主)に詩をアップしている。 基本的に古い詩が多いのだが、その中には新しく書いた詩もいくつかある。
この数年、日記やエッセイばかり書いて、詩を書いてこなかった。 要はただ書かなかっただけなのだが、なぜかそれで「詩は終わった」ような気分になり、いつしか詩が書けなくなったと思い込むようになったのだ。
また、4月から禁煙しているが、これも思い込みに一役買っていた。 かつて読んだ遠藤周作のエッセイに、『私の知っている詩人はすべてタバコを吸っている』、というようなことが書いてあった。 そういうのを真に受けていたために、禁煙を始める時「これで詩が書けなくなるなあ…」なんて思ってしまったのだった。
ところがである。 先月、試しに詩を書いてみると、さほど苦もなく書けてしまったのだ。 よくよく考えてみると、詩を書き始めた頃、ぼくは作文や読書感想文を書いていたわけだし、その頃はタバコを吸ってなかった。 ということで、これまで詩が書けなかったのではなく、「詩が書けない」という観念に縛られていただけだったわけだ。
何ごともそうだろうが、 出来ないと思うからやらない。 やらないから出来ない。 この繰り返しだ。 ことを成就させるには、この連鎖を断ち切らないとダメだということになる。
朝方電話がかかった。 「誰か、こんな朝っぱらから」 と受話器を取ると、「もしもし」というおばさんの声がした。
「はい」 「T事務所ですけど、お母さんいらっしゃいますか?」 「えっ?」 「T事務所ですけど」 「どちらにおかけですか?」 「695のXXXXですよ」 「うち違いますよ」 「えっ、でも695のXXXXなんですよ」 「うちは692です」 「あのー、お母さんは…?」 「だから違います」 「どういうことですか?」 「どういうことも何も、番号を間違ってるんですよ」 「でも、695ですよ」 「だからうちは692と言ってるでしょ」 「あっ。ああ、間違いなんですね。ハハハ。では」
691とか592とかの間違いならたまにあるが、695というのは初めてだ。 きっとボタンの1段目と2段目を間違えて押したのだろう。
さて、時期が時期だから、事務所と言えば選挙事務所だと思う。 おそらくおばさんは電話番号695の人に、支援のお願いの電話をしたのだろう。 だが、このおばさんには今時のボタン式の電話は不向きなのだ。 T事務所はこのおばさんのために、黒電話を用意してやるべきである。 そうしないと、何度も同じ失敗を繰り返すだろう。 なぜなら、このおばさんは指が太いはずだからだ。 それに思い込みも激しく、自信家ときているから、間違うたびにトラブルを起こすに違いない。 悪いことは言わんから、すぐにでも黒電話を用意してやるべきだ。
今日出かける時に小雨が降っていた。 普段なら手ぶらで出るのだが、昨日の今日だ。 さすがに傘を持って出た。 元々傘を差すのが下手なので、小雨でも濡れることは濡れるのだが、それでも差さないよりはぬれ方が違う。 まあ、当然であるが。
朝、近くのホームセンターに行って、レインコートでも買おうかと思ったのだが、実は傘以上にレインコートは苦手なのだ。 ドーム球場が出来る前、野球を見に行く時は、必ずと言っていいほどレインコートを持参していた。 もちろん傘も持って行っていたのだが、球場では差さなかった。 傘だと周りに迷惑がかかるし、こちらも窮屈になるからだ。 だが、レインコートだと、迷惑になるようなことはない。 それに、後ろの人の傘から滴が垂れてきても、濡れることはない。
そんな重宝なものを何で苦手にしているのかというと、通気が悪いからだ。 そのせいで汗をかいてしまい、ちょっと動いただけでも、レインコートの隙間からモワッとするような熱気が伝わってくる。 それが嫌なのだ。 ウォーキングをすると、ただでさえ汗をかく。 その上に通気の悪いレインコートを着るということは、かなりの熱気がこもるということだ。 しかも長い時間着ていると蒸れる。 さらに、梅雨時期だから、使用後はいちいち洗わないと、すぐにかび臭くなってしまう。 ということで、レインコートは却下。
使用後に洗うのが面倒という部分で、使い捨てを買うことも考えたが、その都度お金を払うのも馬鹿らしい気がする。 やはり傘しかないな、という考えにいたり、傘を差して家を出たわけだ。 これまでは運が良く、雨の日でも、ぼくが家を出る頃はやんでいることが多かった。 だから傘を差す機会は極端に少なかった。 だが、雨季はそうもいかないだろう。 何か、傘やレインコートに替わる雨具はないものだろうか。
| 2007年06月20日(水) |
いらんこと書くんじゃなかった |
あんなことを書くんじゃなかった。 おかげで酷い目にあってしまった。 あんなこととは昨日の記事のことで、酷い目とは髪に関することである。
昼間、いつものようにウォーキングをしていると、突然雨が降り出した。 最初は小降りだったのだが、だんだん雨脚が強くなってきた。 家を出た時は日が差していたので、傘は準備してなかった。 おかげでびしょ濡れである。 途中にドラッグストアがあるので、そこで雨宿りをしようと思った。
その時ふと、 「ちょっと待てよ。今頭はシャワーを浴びたようになっているんだ。ということは、昨日書いたとおりで、白毛が地肌の色に隠れてしまい、頭が薄く見えてしまうじゃないか」という思いがよぎった。 試しに、全身びしょ濡れの、眼だけギョロギョロした、頭の薄い男を想像してみたのだが、どうイメージしても、異常な人物である。 ということで、雨宿りはやめて、サッサと家に帰ることにした。
その後も頭が気になって、ずっと下を向いて歩いていた。 それもこれも、昨日あんなことを書いたからだ。 ああいうことを書かなければ、そこまで気にはならなかっただろう。 これからは帽子をかぶってじゃないと、歩けんなあ…。
最近頭を洗うたびに思うことだが、額が徐々に広くなっているような気がする。 頭全体が総白髪になりつつあるので、最初は黒毛の養分が抜けているために髪細りしているのだと思っていた。 ところが、どうもそうではないようなのだ。 生え際の一部分に、髪の感触を感じない。 ということは、その部分の髪が抜け落ちたか、退化したということになる。 おかげで、かつては指3本も置けないほど狭かった額が、今は3本どころか若干の余裕まで加わった広さになっている。
もちろん髪が多いので前髪さえ上げなければわからないのだが、髪を濡らすと、白毛は地肌の色に隠れてしまい、かなり薄く見えてしまう。 そのため、温泉やスーパー銭湯に行くのも躊躇しているほどだ。 まあ、そういうところに行く人は、同じく髪に悩みを持つじいさんが多いから、あまり気にしなくてもいいのだが、白毛多毛のプライドが邪魔をするのだ。 ということで、もしそういうところに行くことがあれば、髪を濡らす前に充分多毛ぶりをアピールしておかなければならない。 そうすれば、みな「ああ、白髪が濡れたから、薄く見えるんだ」と理解してくれるだろう。 髪の問題を抱えていると、変なところに神経を遣わなければならないので疲れる。
数日前の話だが、夜中ある夢を見て目が覚めた。 それは家の夢で、けっこう大きな家を建てて、そこに移り住むという話だった。 とにかく敷地が広く、庭は車が走り回れるほど広かった。 その夢にいろいろな知り合いが出てきたのだが、目が覚めたのは、その人たちと二階の部屋で雑魚寝している場面だった。
その夢がけっこうリアルだったせいもあり、目が覚めてからしばらく寝付けなかった。 その時だった。 嫁ブーが目を覚ました。 「眠れんと?」 「おう。ちょっとリアルな夢見ての」 「どんな夢?」 「大きな家を建てて、そこの移り住む話」 「えっ?」 「何をビックリしよるんか?」 「いや、私も今、家の夢見よったんよ」 「えっ?」
詳しく聞いてみると、どうやらぼくと嫁ブーは同じ夢を見ていたようなのだ。 登場人物は若干違ってはいたが、雑魚寝するところまでいっしょだった。
ちなみに、夢占いによると、大きな家に移り住む夢は、いいことが訪れる前触れらしい。 ということで、この先我が家は安泰である。
| 2007年06月17日(日) |
『ちびまる子ちゃん』連載 |
朝刊(西日本新聞)の一面に、7月から『ちびまる子ちゃん』の連載が始まると書いてあった。 「また“りぼん”に復活するのか」と思っていたが、考えてみるとおかしい。 たったそれだけのことを、何で新聞の一面に載せる必要があるのだろうか。 そう思って記事を読んでみると、何と西日本新聞に4コマ漫画で連載するというではないか。
ここでまた疑問がわいた。 何でまた福岡の新聞なんかに連載するのだろう。 まさか『サザエさん』がこちらのフクニチ新聞でスタートしているからということで、験を担いだわけでもなかろう。 すでに国民的マンガになっているわけだから、わざわざ地方紙に載せる必要もない。 そういう偉大なマンガを、地方紙が連載するというのもおかしい。 だいたい、エッセイやアニメや子育てで忙しい作者が、購読者数の少ない一地方のために、わざわざ時間を割いて描くとは思えない。
ということで、さっそくネットで調べてみた。 ああ、なるほど。 連載をするのは西日本新聞だけではなかった。 すべてのブロック紙(北海道、河北、東京、中日、中国、西日本)で連載になるのだ。 これなら購読者も全国紙並になる。 全国紙並みなら、やる気も出るだろう。
しかし、あの『ちびまる子ちゃん』の新作が新聞で読めるなんて、思ってもみなかった。 2年契約が終わったら、他紙に替えようと思っていたが、これでやめられなくなった。 とはいえ、ちょっと得した気がする。
ウォーキングの時にはいつも同じGパンをはいているのだが、汗のせいで生地がパリパリになってしまい、ちょっとしたことで破れるようになった。 昔ならともかく、この歳になって破れたGパンもおかしいだろうと思い、昨年まで仕事用にしていたズボンをはくことにした。
仕事用のズボンは5本ほど持っているので、周期的にはき替えることが出来る。 そう思って、クローゼットから全部引っ張り出した。 ところが、ここで困った問題が起きてしまった。 どのズボンも入らない、というか、ウエストのフックが止まらないのだ。 それもギリギリ止まらないというのではない。 フック間の距離がかなりある。 ひどいので5�僉�他は2〜3�儖未澄� 贅肉太りなので、腹を無理矢理引っ込めれば何とかはいるのだが、はいた後がきつい。 まるでコルセットをしているようなのだ。
先日言ったとおり、原因は禁煙である。 小食だし、毎日歩いているし、腹筋も鍛えているわけだから、それ以外に原因は考えられない。 もちろん禁煙する時に、ある程度の覚悟はしていたが、こんなに早くズボンのフックが止まらなくとは思ってもなかった。
しかし、これだけ節制しても太るのか。 これから先もタバコは吸わないと思うから、今後大病でもしない限り、体重を落とすのは無理だろう。 ということは、これらのズボンはもうはけないということになる。 もう1本のジーンズも窮屈になってきたし、もうはけるズボンがない。 ウエストの調整が出来る、礼服のズボンをはいてウォーキングをするわけにもいかないし、新たに買わないとならないなぁ。 明日ユニクロに行ってこよう。 いや、待てよ。 どうせすぐに入らなくなるのだから、ユニクロで買うのももったいない。 “しまむら”にしておくか。
(1) 着々と50歳に向けての準備をしている。 と言っても、これはホームページのことだ。 現在『しろげしんた』というハンドルネームを使っているが、これは40代で終わりにする。 字画がいいので使っていたのだが、この7年、特別にいいことはなかった。 では50歳を過ぎたらどんな名前にするのかというと、現在とあるところでペンネームとして使っている名前を使うことにする。 もちろんこれも字画がいいわけだが、『しろげしんた』よりも運命的なものを感じるので、という若干恋する乙女的な発想からそうすることにした。 ま、まだ決定ではないので、そのことは、はっきり決定したらお知らせします。
(2) 今日、近くの本屋がリニューアルオープンした。 これまで支店だったところを本店にしたとかで、建物を拡張、それに伴い売場面積も広くしたわけだ。 毎日その前を歩いているので、今日がオープンだということは前々から知っており、今日は朝からウキウキしていた。 特に欲しい本があったわけではないが、どこがどう変わったか確かめたかったのだ。
朝は混むだろうからと避け、昼からた行ったのだが、考えてみたら扱っているのは本やCD・DVDだけなのだから、電器屋みたいに日替わり商品や目玉商品といったものがあるわけではない。 ということは、朝混むことはなかったのだ。 とはいえ、昼間の客数はリニューアル前よりも多かった。
さて、特に欲しい本があるわけではなかったのだが、なぜかオープンの日には「せっかくだから何か買おう」という気になってしまう。 ということで、ご祝儀買いをしてしまった。
月曜日の夜9時からフジテレビ系列で、『プロポーズ大作戦』というのをやっている。 かつて「やすし・きよし」がやっていた、視聴者参加型のバラエティ番組ではなく、山下智久・長澤まさみ主演のドラマだ。 ホームページを見てもらったらわかるが、要はタイムスリップして現状を変えてしまおうという内容である。
映画『地下鉄(メトロ)に乗って』だとか、昼ドラの『がきんちょリターン・キッズ』もそうだったが、ぼくはこういったタイムスリップ物が好きである。 すごく夢やロマンを感じるのだ。 もちろん「もし自分がそうなったら…」なんてことを考えているわけだが、最近はちょっと違うことを考えるようになった。
それ系の本などを読むと、時々タイムスリップした人の話が載っている。 そういう人は、おそらくそれを可能にする能力を持っているのだろうが、実際に過去(未来)という時空が存在するからこそ、その能力を発揮できるのだ。 だとしたら、そういう能力がなくとも、何らかの形で連絡が取り合えるのではないか?
そういえば、何かの折に、それとなく暗示を受けることがある。 例えば、試験などで正解が浮かんで見えたり、道に迷った時に「この道は行くな」という声が聞こえたり―。 こういうのは神の啓示だとか、仏の霊験だと言われているが、本当は未来の自分がメッセージを送っているのではないだろうか。 神や仏を信じない人にとっては、そちらの方が自然である。
ということで、今日から過去の自分にメッセージを送ってみようと思っている。 まず手始めに昭和56年1月の自分に、 「X社に就職するのはやめたほうがいい。ろくなことがないぞ」 というメッセージを送ってみることにする。 幻聴と思うかもしれないから、何か未来を暗示するようなキーワードをつけて。 目が覚めたら、現実が変わっているかもしれない。
梅雨入りしてしまった。 朝から曇り空が広がって、昼からとうとう降り出した。 同じ曇り空でも、梅雨時の空は何か鬱陶しくて嫌だ。
その鬱陶しい気持ちが、さらに鬱陶しくなることが新聞に載っていた。 占いである。 「11月生:夜7時から10時まで、不慮の事故注意」 この占いは、運のいい日はえらく抽象的な書き方をするので気にもとめないのだが、運の悪い日はこんな不安を煽るような書き方をするので気になってしかたない。 見なければいいのだけど、テレビ番組欄にあるもんで、すぐに目が行ってしまうのだ。 ということで、今日は一日中そのことが気になってしかたなかった。
さて、夜の7時から10時までだが、実家に行ったり、嫁ブーを迎えに行ったりしていた。 もちろん車で移動したわけだが、運転はいつになく慎重だった。 特に横断歩道のあるところなどは、自転車が突っ込んでくるかもしれないと、わざわざブレーキを踏んで減速したほどだ。 おかげで10時までは何もなかった。 まあ、元々何もなかったのだと思うが。
(1) 今日は全国のいたる所で夏日となり、特に北海道では真夏日を記録したところもあったという。 「この時期に真夏日」ということで、テレビのニュースでは、異常気象のように扱っていた。
…ん? ちょっと待ってほしい。 6月は夏ではなかったか? いくら6月が雨季だとはいえ、あくまでも日本の季節は春夏秋冬の四季であり、五季ではない。 これは昔からそうで、梅雨を表す季語『五月雨』の括りは夏になっている。 ということは、ニュースは夏に「夏日(真夏日)が来た!」と、特に珍しくもないことを言って騒いでいたことになる。 もしかしたらテレビは、梅雨を夏と認めてないのかもしれない。
(2) というわけで、暑い一日だったわけだが、あまり家にばかりいるとイライラしてくる。 今日は嫁ブーも休みだったので、「涼みに行こう」ということになった。 「どこがいいか?」と聞くと、「海がいい」という。 しかし、今日みたいな日は、熱い砂浜の上を歩く気にならない。 結局、同じ海の括りで「港にしよう」ということになり、門司港まで行った。
門司港にはよく行っている。 夏場は夕涼みにちょうどいいのだ。 ベンチの上でゴロンと横になり、レトロな風景を眺めるのもおつなものである。 これにビールを添えると最高なのだろうが、如何せん車でしか行ったことがないので、それはやったことがない。
さて、この門司港で気になる看板を見つけた。
 上の看板なのだが、その看板が立っているところから海までは板張りになっている。 板張りだから、スケートボードがいけないのはわかるが、何で裸足がダメなのだろうか? さらに「裸足等」という曖昧な表示。 いったい「等」は何をさすのだろう?
風邪にビタミンCがよく効くと言われている。 風邪を引いた時、ぼくも何度かそれを試してみた。 だが、あまり、いやまったく効き目がなかった。 そのことを人に言うと、「それはタバコのせいだ」という。 タバコを吸うとビタミンCが破壊されるらしいのだ。 ということは、タバコを吸うと肌も荒れるということになる。
せっかく禁煙しているのだから、こういうことは確かめておきたい。 ま、時期が時期だから風邪を引くのは難しいが、肌のほうはすでに荒れているので、すぐにでも試せる。 これからビタミンCを摂ることで、どこまで肌荒れが改善できるかやってみたい。 しかし、改善のためにはどのくらいの量を摂ればいいのだろうか? そのへんは、ちゃんと調べておかなければならない。 ぼくの性格からして、効くと聞けば、上限なく摂り続けるに違いないからだ。 例えば『C1000タケダ』換算で、ソバカス1本シミ2本とかいう目安があれば楽なのだが。
先週の金曜日、うちはようやく電子カーペットを片付けた。 もちろん4月以降は電気を入れてないのだが、もしかしたら寒くなるかもしれないという不安と、片付けるのが面倒だというずぼらさで、ここまで引っぱってきたわけだ。
その電子カーペットの上にこたつを置いている。 冬場はそれに布団をかぶせて、カーペットの熱で暖を取っているのだが、カーペットを敷いていたということは、当然(?)こたつ布団も外してなかったということだ。 ということで、併せてこたつ布団も外した。
4月はともかく、5月に入ってからは、このセットを見るだけで暑苦しく感じていた。 で、その暑苦しさを解消するために、早々と扇風機を出した。 「扇風機を出すより、カーペットの片付けのほうが先だろうがっ!」と注意を受けそうだが、カーペットはなかなか片付けないんですよ、うちは。
さて、今週はファンヒーターを片付けよう。
禁煙してから2ヶ月が経った。 その頃、扁桃腺が腫れてしまい、なかなか元に戻らなかった。 こういう場合、病院に行くのが普通だが、病院嫌いのぼくは、そこで意固地になる。 「自然になった病気なんだから、自然に治してやる!」 ということで始めたのが禁煙だった。 幸いなことに、この2ヶ月間、病気を治す方に気持ちが行っていたので、禁断症状に悩むことはなかった。 もし、これが禁煙のための禁煙だったとしたら、禁断症状で落ち着きをなくしてしまい、長続きしなかっただろう。
さて、その甲斐あって、今はのどの痛みは治まっている。 もちろん咳や痰に悩まされることもなくなった。 これだけ見れば禁煙をやってよかったといえるだろう。 が、いいことばかりではない。 マイナスの効果というのもある。 実は、禁煙してから太る一方なのだ。 この2ヶ月で体重が5キロほど増え、腹回りの締まりもなくなってしまった。 そのため歩く距離も伸ばしたのだが、今のところ効果がない。 禁煙するまでは、節食とウォーキングの効果で、けっこう腹が絞れていた。 そこで、この夏は長年の夢だった白のTシャツが着れると思っていたのだが、この状況だと無理である。 今年の夏も、腹が目立たなくなる、黒系のTシャツに頼らなければならないのか…。
カメで思い出したことがある。 10年ほど前に、親戚の姉ちゃんが病院からもらった精神安定剤の薬害に遭ったことがある。 急に言動がおかしくなり、自殺をほのめかしたりしたのだ。 慌てた家の者が、「助けてくれ」と電話をかけてきた。 さっそく行ってみると、包丁を手に持ち、それを自分の首筋にあて、わけのわからないことを口走って騒いでいた。 こちらが何を言っても答えようとしない。 というより、ぼくたちが誰なのかがわかってないのだ。
とりあえず、相手の気を落ち着かせねばならない。 が、こういう時どうしていいかわからない。 挙げ句の果てにとった方法が、ビンタだった。 そして大声で怒鳴りつけ、相手が大人しくなったところで包丁を取り上げた。 すると、本人は安心したように眠ってしまった。
その後ぼくは、家にある包丁を全部隠し、ガスの元栓を閉めた。 もし目を覚まして、また騒ぎ出したら困るからだ。 そうしている時だった。 テーブルのほうから、「カリカリ、カリカリ」という音が聞こえてきたのだ。 電気を付けて見てみると、何とそこにカメがいた。 カメは2匹いて、どちらも体長は20�僂曚匹世辰拭� その2匹が小さなプラスチックの水槽の中で、重なってもがいていたのだ。
「もしかしたら、今日のことは薬害というより、カメの祟りかもしれんぞ。明日このカメを池か川に放してこい」 そう言ってぼくは帰ったのだが、翌朝さっそく家の者はカメを近くの神社の池に放してきたそうだ。 その効き目なのかどうなのかは知らないが、それ以来、親戚の姉ちゃんは薬害に悩まされることがなくなった。
最近ウォーキングで線路沿いのコースを歩くことが多い。 そこは車道からちょっと離れた歩道しかない道なので、排気ガスの害を受けないですむ。 光化学スモッグだけでなく、排気ガスまで吸わされてたら、いよいよ健康を害してしまうだろう。
さて、その線路の脇に小さな川が流れている。 これが汚い川で、ゴミやビン・缶はもちろんのこと、自転車や家電製品まで捨ててある。 とはいえ、いちおう魚は泳いでいるようで、時々釣り人が糸を垂れているのを見かける。
さて、今日のこと。 いつものようにそのコースを歩いていると、ぼくの横をサッと白いものが飛んできて、川の中に飛びこんだ。 何だろうと見てみると、白いサギだった。 川の中に立って、ジッとしている。 おそらく魚をとるのだろうと思い、ぼくはその行動をジッと見ていた。 すると、サギはぼくの視線に気づいたのか、羽を広げて飛んで行った。
「せっかくサギの狩が見れると思ったのに残念」と思い、視線を前に移そうとしたその時だった。 白サギのいた少し先に黒いものが動いていた。 ゆっくりゆっくり動いている。 「何だあれは?」と、よく見るとカメである。 浅瀬で甲羅干しをしているのだ。 おそらく野生だろう。 だとすれば、50年近い人生の中で、初めて野生のカメを見たことになる。
これはラッキーである。 カメは龍や麒麟などと同じく、吉祥の象徴だからだ。 何かいいことがあるかもしれない。
ここは、あまり人の来るサイトではない。 日記からブログに変えた頃には、来客数が日に1千件を超えることもあった。 だが、ある時を境に、徐々に減っていった。 理由はよくわからないが、その頃から社会的なことを書かなくなったというのもあるだろうし、googleなどがブログに規制をかけたため検索に引っかからなくなったというのもあるだろう。
とにかく、ぐんぐん減っていき、気がつけば200件くらいになっていた。 その後1年くらいはその数字で安定していたのだが、昨年会社を辞めてからまた数字が落ちてきた。 タマコだとかイトキョンだとかいった人物ネタが使えなくなり、より個人的な内容になったため、来客数が減っていったのだと思う。
とはいえ、ホームページを始めた頃よりは多い。 あの頃は、個人のホームページは日に50件も来れば上出来と言われていた。 そこで50件に持っていくために、いろいろな集客策を練ったものだった。 しかし、一時的には増えても、ちょっと油断すると、すぐ元の集客数に戻っていく。 さらに策を練る。 そうこうやっているうちに策も尽き、だんだん馬鹿らしくなってきた。
日記を書き始めて半年ほど経った頃だったろうか、「こんなことやっていたら時間の無駄だ。それよりも日記の内容を充実させた方がいい」と思うようになった。 そして内容を濃くしていったわけだが、それから徐々にお客さんが増えてきた。 いくら減ったとはいえ、いまだに100件を切らないのは、その頃のお客さんが支えてくれているからだと思う。 感謝です。
昼間に雨が降ったが、夕方にはきれいな青空になっていた。 明日も晴れるらしい。 そのため、今日明日にでも出る予定だった梅雨入り宣言は、先に持ち越しになったらしい。 お百姓さんには悪いが、このまま鬱陶しい梅雨を飛ばしてすぐにでも夏に突入してもらいたい気分だ。
とにかく梅雨時の雨というのは、度を超えている。 特に7月に入ってからの雨はひどい。 昼間でも夕方のように暗くなり、カミナリの音がやけに近く聞こえる。 雨はドドーという音を立てながら降り、数メートル先を見せなくする。
こういう状態の時に外にいるのは嫌だ。 歩くのはもちろんだが、車に乗っているのも嫌だ。 状況を考えずやたら飛ばすバカがいるし、そういう奴に限って無灯火である。 前走車や対向車の水はねで、視界をふさがれることもある。
雨が降るのを見るだけなら風情もあるかもしれないが、いろいろと生活に支障が出るからたまらない。 とにかく嫌な季節である。 早く過ぎてもらいたい。
ウォーキングを始めたのは昨年の9月中旬だったから、もう9ヶ月目に入っている。 おかげで顔や腕はかなり日焼けしている。 ここまで日焼けしたのは、30年前に中国展でアルバイトして以来だ。 中国展の期間は1ヶ月だったが、一日中外にいたので、顔はテニスをやっている人のように真っ黒になっていた。 現在顔の肌にいろいろトラブルが出ているのだが、これはおそらくその時の後遺症だろう。
今は毎日およそ1時間歩いているわけだが、歩く時間はいつも正午前後なので、けっこう強い日差しを受けるのだ。 これは今だけではない。 真冬でも、晴れた日の直射日光は暑かった。
さて、30年前の日焼けの後遺症が今出るということは、今の日焼けの後遺症は30年後に出るということだ。 30年経てば、ぼくは79歳になるが、自分がその年になった時の姿が想像できない。 というか、想像したくない。 顔全体がシミ・そばかす・老班の巣になっているだろう。 それに加えてシワである。 ま、生きていればの話だが…。
1, 目が覚めた時に、空気の中に水分が含まれているような感じがした。 いや、湿気で不快感を感じたわけではない。 何気なく手を握った時、そこに水をつかんだような感触があったのだ。 そこで、今日あたり梅雨入りかなと思ったのだが、今日時点での梅雨入りはなかった。 しかし、南九州ではすでに梅雨入りしているわけだし、こちら北九州も間もなく梅雨入りするだろう。
2, 爪が脆くなっている。 腰がなくなっているのだ。 そのせいで、ちょっとしたことですぐに割れてしまう。 今朝もファスナーに引っかかって割れてしまった。 しかたなくほとんど深爪の範囲まで切ったのだが、ギターを弾くために伸ばしているので、これではちょっと困る。 爪ではじいて音を出していたのに、その爪がないとなると、皮膚ではじかなければならない。 つま弾く指の皮膚は鍛えてない部分なので痛いし、肝心の音がこもってしまう。 せっかくギターの腕が復活しかけているのに、ここで中断するのは嫌だ。 爪を強くするために、マニキュアを塗っている人がいるが、それはしたくない。 何か他の方法で、爪を強化できないだろうか。
昨日の昼間のこと、いつものようにウォーキングをしていると、前のほうからやってきた自転車が二台、ぼくの横で止まった。 どちらの自転車にも乗っていたのは白人だった。
「スミマセーン」 と言いながら、二人はぼくに握手を求めた。 いちおう握手に応じると、一人の白人が、 「私タチ、コウイウ者デース」 と言って、もう一人の白人の胸を指さした。 そこにはネームプレートがついていた。 見ると、『キリスト教○○教会…』と書いている。 なるほど。ということは、彼らはキリスト教の布教のために日本にやってきた宣教師である。
「何か用ですか?」 「話ヲサセテクダサーイ」 「話?私は仏教徒ですよ」 「構イマセーン」 「別に話すことはないですよ」 「チョットデイイデース」 「いや、いいです。では…」 そう言ってぼくは、合掌してその場を去った。
中学1年の時に、街でモルモン教徒を話をしたことがことがあるのだが、宣教師と話をするのはそれ以来である。 しかし、今は仏教徒と言ってもダメなのか。 「八幡神社の氏子です」と言ってもダメそうだったので、仏教徒を名乗ったのだが、それが通用しないとなると、次の対策を練っておかねばならない。 何せ、ぼくが新しく追加したウィーキングコースの中に、その宣教師が滞在しているだろう教会があるので、遭遇する確率は高い。
ということで、今度は神社の御守りを見せびらかしてみようかと思っている。 前に「外国の宣教師の中には、神社を悪魔の館と思っている人がいる」というようなことを書いているのを読んだことがあるからだ。 「うちは浄土真宗ですから」と言うよりは、効果があるのではないだろうか。 あ、そうだ!ニンニクを投げつけるのもいいかもしれん。
夜、友人から電話が入り、ショックなことを聞いた。 石立鉄男が亡くなったのだ。 石立鉄男に関しては、このブログで何度か書いているが、ぼくは今でも彼のファンで、チャンネルNECOでやっている『雑居時代』などの再放送は欠かさず見ている。 ドラマが始まる前に、石立本人が出て「石立鉄男アワー」と言っている。 それを見るたびに、ぼくは『老けたなあ』と思っていたが、まさか死ぬほど老衰していたとは思わなかった。 最近その「石立鉄男アワー」以外で、彼をテレビで見たことはなかったが、きっと病気と闘っていたのだろう。
まだ64歳だったというから、役者としてはこれからじゃないか。 再び杉田かおると、『パパと呼ばないで』をやってくれることを望んでいたのに残念である。 何かひとつの時代が終わったような気がしてならない。
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