この国では、謙遜したり、自己卑下したりすることが美徳とされていて、 何のことない、このあたくしも、そういった環境で育った。
「つまらないものですが・・・・」
「私でよろしければ・・・・」
「滅相もない。そちらの方が幾分にも勝って・・・・」
エトセトラエトセトラ・・・・。この口からそのような言葉が吐かれていると思うと、 少しばかり背筋が凍る。 しかしコレは日本においての美徳であって、世界共通というわけではない。
アメリカなんかでは、自分を卑下するなんて以ての外。 ビジネス市場においては、自分を誇大評価してガンガン売り込んでいくくらいの強かさがないと 生き残ってはいけないんだそうだ。 日本にもそういう世界がある。 言わずもがな、芸能界だ。
あそこは、カタギの世界と違って、隣にいるヤツよりも自分の方が勝っていると 思い込んででも仕事を獲りにいかないとあっという間に干される。 ・・・・現実、ここに在りき( ̄∇ ̄;)
今読んでいる、心理学の専門書には、この「日本独特の自己卑下」がうつを招くと 警鐘を鳴らしている。 アメリカでは真逆で、看板にはデカデカといいことばかりを書き連ねたものの 実際問題の実力がそれに追いつかなくて、パニックや喪失感、自尊心の崩壊といった形で うつが起きるのだという。 まぁ、どちらにせよ、人間、「ほどほど」というのが大事らしく、 あまり自己評価が低すぎるのも高すぎるのも、よろしくないというわけだ。 自分を知ることで、うつは治るのだという。目安は3〜4ヶ月程度。
しかし・・・・。 ここまで自己分析をし、今あるべき姿が何たるかをハッキリと見せ付けられ、 なおかつ、うつになったりならなかったり・・・・そして突然のようにして起こる発作。 これら、あたくしの身の上に関しては、一体どのような説明がつくというのでしょう・・・・? どうやら病名は「うつ病」ではないらしいし、どこらへんからがPTSDなのかもわからない。 一応、人格障害みたいなことがカルテに書いてあるのを、この間チラッと見たけれど、 あたくしは、今どんな状態にあるのか、真実のところがベールで隠されている。
主治医には必要以上のことを話していると思う。 そして、「ソクラテスの産婆論」ではないが、オーアエだって、必要な分は全肯定してくれる。 自己評価が抜群に低すぎることもわかった。 だからそれだって、気持ちひとつだろうから、色々なことで以って克服しようと もがいて、ぶつかって、撃沈の繰り返し。
ただ・・・・。 あたくしだって、心の病気とはいえ、世間の定規みたいなものを全く無視しているわけじゃない。 根拠は、ある。
とある、女性の存在だ。 このオンナは、あたくしよりも抜群に勉強が出来たが、 あたくしよりもモテるタイプではなかった。 今でもあたくしは、それだけを心の支えにして生きているようなもんだ(苦笑)。 これから、見苦しいことを書くかもしれないけれど、 あたくしが本当に自己評価が低いのかどうか、コレでハッキリすると思う。
マサヨ(仮名)は、とにかく職員室での評判が良く、常に成績もトップクラス。 高校は、学区内一の進学校を卒業し、それから某有名国立大学の理系に進んでいった。 ただ、容姿的にいうと、確実・・・・とまではいわないけど、十中八九あたくしの方が勝っていた。 マサヨは太っていて、例えば、「痩せれば綺麗になるタイプ」とかいうのでもなく、 顔も、俗にいう「平安美人」系。見事なほどの一重瞼であった。
しかし、容姿が良ければそれでいいか、勉強ができればそれでいいか、という問題ではなく 何をすればモテるのか、という観点において、彼女はどうやらとんでもない勘違いをしていたようで あたくしは、別に彼女を傷つけるつもりはないけれど、「このオンナは正真正銘のバカだ」と 15の頃、痛感した。
マサヨは時に、あたくしのことを牽制しライバル視した。 何故なら、あたくしも職員室での評判は悪くなかったし、成績も中の上くらいだったし 所謂、優等生グループの一員だったので、「優等生=モテない」という方程式を 多分、どうしても確立させたかったのだろう。 自分はどれだけアタックしても男子生徒には引かれるのに、どうしてあの子は 初恋を実らせることが出来るのか・・・・? マサヨは、多分あたくしの事をこういうふうに見ていたはずだ。
優等生グループにも、モテる子とそうでない子があって、見事に2派に別れていた。 真面目一本槍で通していても、やっぱり最終的には容姿と心遣いで、人は判断する。 容姿は最終的な決め手として、大事なのはやっぱり「周囲への心遣い」だ。 マサヨには決定的にコレが足らなかった。 勉強は出来るが、中身は全然の、要するにおこちゃまだったのだ。 人伝に聞くと、彼女はあたくしと違うクラスの時にも、男がらみで何度か騒動を起こしてきて、 その度に周囲が辟易とするような状況に陥っていたらしい。 マサヨと付き合いの長い女の子は本当に出来た子で、 彼女が何度騒動を起こそうとも、冷静にその状況判断をして、何が悪いのかを徹底分析していた。 この女の子は、勉強はあまり出来る方でもなく、そうかといって体育が得意というわけでもなく、 顔も、平均値くらい・・・・なのに、年上の人や同級生からすごくモテた。 要するに、気配り上手で、周囲に対する思いやりが人一倍あったということになるのだろう。
その点、マサヨときたら、台風の目のようなもので、 確かに優等生で勉強も出来て、それは大変結構なんだけど、 その上で、台風の目だと、ハッキリ言って鼻持ちならない迷惑な存在ということになる。
あたくしは、中学を卒業してから以後も、例の魔女集会から漏れてくる情報に耳を傾け、 常に自分と比較し続けた。 みっともない・・・・それはわかっている。 だけど、せめてあのオンナよりはいいオンナであることを自覚するためには コレも必要な作業だったのだ。 あたくしを陥れ、徹底的に叩いた上、自分が一番でないと気が済まないマサヨに対する最大の報復は、 あたくしが勉強なんかからは完全に手を引いて、優等生面することもなく 自由な校風の高校へ進学し、男にもさして不自由していないところ、ガツリと見せ付けてやる、 そして、希望通りの大学に進学していき、自立したキャンパスライフを送りつつ、 田舎では決して得ることのない、磨かれた何かを常に身に纏うことだった。
で、それも成功した。 只今、男にも不自由していない。 まぁ、不自由しているといえば、自分が思い通りの仕事に就けていないということくらいだけど このご時世、どんなに優秀な人材であっても、突然会社から三行半を突きつけられるのが現状だ。 贅沢は言うまい。それに、養ってくれる人がいて、ちゃんと食えてるし。
ここまで書いたのだから、毒は全部吐いてしまおう。 言ってしまえば、マサヨの不幸はあたくしの幸福なのだ。
この年だから言えるのだけど、男もいない状況で、なまじ出来るからという理由だけで 仕事ばかりを押し付けられ、給料を持て余すような生活は果たして本当に幸せだろうか? 好きになる人には必ず逃げられ、お見合いも断られ、そんな生活は果たして本当に幸せだろうか? 会社から必要とされているのはいいけれど、本質を見失ってはいないだろうか? どうして痩せられないのか、考えたことはないのだろうか?
うちらは、かつて冗談で、マサヨがいつロスト・ヴァージンをしたのか そんな下世話な話を、同窓会の時か何かでしたことがあった。 皆、口をつぐんで、今にも吹き出しそうなのを必死で堪えている。 輪の中には、オトコもオンナもいたはずだ。そして話の種はマサヨ・・・・。
ある男の子が恐る恐る言った。
「多分、頼まれてもムリ・・・・。」
それを聞いて、別の女の子が気の毒そうな顔をしつつも笑い転げていた。 彼女もきっと、マサヨよりはマシ・・・・と自分のことを思っていたに違いない。
「俺、想像すらできねぇんだけど・・・・」
別の男の子が、これまた恐る恐るそう言った。あたくしも同じことを思った。 あの気位の高いマサヨが男の前で裸を曝すなんて有り得るだろうか?
この時あたくしは思ったのだ。 生まれたままの姿になった時、男性に、お世辞でもいいから「綺麗だ」と言われないことには 終わりだ・・・・と。 まぁ、喩え、「綺麗だ」と言葉に出さなくても、男性の身体が反応してくれないことには困る。 自分を見て、萎えた・・・・なんて、あるまじきことだ( ̄∇ ̄;)
たまたま、あたくしの出会ってきた男性は、上手にあたくしを抱いてくれる人が多かったし、 あたくしのプライドやら、自尊心を傷つけるようなことは一切言わなかった。
想像もしたくないのだけど、この年になって、オンナとして見てもらえないマサヨは やっぱり終わってるんじゃないだろうか・・・・? 終わってないあたくしは、幸福なのだ。 たとえ1人の男性からでも、心底必要とされ、見返りを要求されず、 「好きだ」とのたまってくれるのは、かなり幸せなことではなかろうか。 そして、その男性が、1人ではなく、友達も入れて複数だった場合、 あたくしはこの上ない、幸せ者なのだ。
マサヨの現物を見たことのない、彼でさえ、拒否反応を起こした彼女の容姿は、 多分、真っ暗闇でないと通用しないのだろう・・・・。
それでも、風の噂で聞いた話だが、彼女も自分の風貌に愈々自信がなくなってきたのか、 とある女の子に相談を持ちかけたのだそうだ。
「私って、ブスなのかなぁ・・・・?」
相談された方はえらい迷惑だ。とにもかくにも返答に困る。 本質は別のところにあって、マサヨがとりあえず治さなければならないのは容姿ではないからだ。 相談された女の子は、苦し紛れにこう答えた。
「平安時代なら、美人なんじゃないの?」
「・・・・そう? そうかぁ。」
「・・・・・・・・。」
言葉に詰まってしまうような、劇的な質問だったらしい。 あたくしだって、マサヨにこんなことを聞かれたら、固まるのは必至だ。 でも、そんなことをあたくしに質問してきたら、コレをチャンスにあたくしは とんでもない暴挙に出るかもしれない。
とにかく、最悪でもマサヨレベルのオンナに成り下がるのは、一般常識的にも美的感覚においても 願い下げだ( ̄^ ̄) アイツに対してだけは、日本古来の「美徳」とやらを使わずに、真っ向勝負してやるさ。
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