日記×エッセイ...みち

 

 

ACIM Lesson126 「私が与えるものはすべて自分自身に与えられる」 - 2017年05月14日(日)

今朝目覚めて、いちばん最初に思ったことは、「与える練習をしたい」ということでした。
それから、「与える」ということの意味合いは、これまで長くずっとわたしが思っていたものとは違うよ、ということも一緒に思いました。

無理やりだったり、痛みがあったり、そうしたことを「与えること」としているさまをたくさん見てきました。「そうしないといけない(無理やりじゃないといけない、痛みがないと覚えない、恐れさせないとやらない)」という価値観とか。
そうして「与えられる」ことにわたしは嫌だなって感じていました。
もちろん、わたしのことや与えようとしてる相手の方を思ってくれているということや、与えようとしてくれること自体に関しては、それはとてもありがたいことです。それに、そうやって「与えてもらった」ことはわたしの役に立つものも多かったことは確かだなと感じます。

ですが、あんまりうれしくなかったというのが一緒にあるので、わたしは自分が誰かに「与えること」がしたいとは思いませんでした。「わあ!わたしも与えたい!」って憧れはあまり出てこなかったのでした。

そうしたことを(布団の中で)思っているうちに、気づいてきたことがありました。
それは、自分が憧れるような「与えること」をしていた人たちのことをわたしは全然気づいていなかった、ということでした。
わたしは何もそこに感じていなかった。当たり前のことのように、大したことないことのように感じていたなあって、それに気づきました。

それらのことがそうじゃない、「大したことないこと」ではまるでないってことは、もうわかります。

わかるぞって認識をしたら、これまで「あまりうれしくなかった」というものさえも、全部引っ繰り返ったような感覚になりました。
そのありさまはわたしにとってうれしくない、それは変わらないのに、です。
そこじゃなかった、みたいな感じです。
(うまく言語化できないシリーズ)
あまりうれしくなかったことも、うれしかったことも、当時は何も感じていなかったことも、ぜーんぶ含めたうえで、それらに感謝が止まらないというようなことでした。



今朝、夢も見ていました。
わたしはバイオリンをしていて(現実では弾けません)、椅子を何列か作って音楽室みたいな室内で練習していて。
「こうやったら、このようになる」というような弾き方ではなくて、マネしてその場でやったというだけだから、同じようにできるかはわからなくて、どうマネしたかとかも覚えていなくて、わたしは心配になりました。
またマネをしてと言われたらできるけど、マネをする対象がそこに一緒にいないとマネができないなと思いました。
隣の席の子と仲良くなったり、席を変わらなきゃいけなくなったり、小さなバイオリン弾きの男の子とハグしたり、席の並びが3次元ではありえないことに夢から覚めてから気づいたりしました。



これらのことは布団の中で起こりました。
それらのことを経由して体を起こし、椅子に座り、今日のワークは何かな?と読みました。


「私が与えるものはすべて、私自身に与えられる」
All that I give is given to myself.

「これが本当だと習うに必要な手助け(をしてくれる方)は、今私と共にいてくれる」
The Help I need to learn that this is true is with me now.

「だから私はその方を信用する」
And I will trust in Him.


与えられていることに気づいて、与えられたことに感謝をして、そうしてからこの言葉を読んだので、「ああ、わたし、自分から与えることができているのかもしれない」って思いました。
できてない、って思っていたのですよね。やっていないって思っていたのですよね。あんな風に与えたいと思わないってきていたから、与えること自体をしていない、と思っていました。でも、「あんな風」ではない与え方をしてもらっていたことに認識をしたときに、「あ、わたしもそれをできていたかもしれない」って。「それなら与えるってことをできるかもしれない」って。その気づきにも感謝があふれました。

それから、「マネをする対象」も近くにいることに気づきました。自分の心よりも近く、自分の手よりも近いところに。(← Lesson125の内容)
「いない」って思っちゃうなあ。

自分を通して与えられるように、今よりももっとなっていきたいですけど、少しずつちゃんと自分でも馴染んでいかないと、自分が与えてもらっていることへの感謝でずっと泣いているようにも思います。

別に、泣きっぱなしというか、涙が漏れてる状態でも構いはしないといえばしないのですが、それでは視界がよくないのでやっぱり泣かないくらいには馴染んでいきたいなあと思います。

見えてることしか見ていなかったなあ、ということをこうして書いていたら気がついたのですが、一方で、見えてることも見ていきたいです。


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