つらつら - 2011年05月13日(金) 誤解をされたらしい。 「こういうこと言ったの?」と聞かれて、?となった。 完全に違っているわけじゃなくて、確かにそのようなこと(わたしはそれは苦手なことなのでやりたくないな、と思うということ)を言ったけれど、相手の方がとるような意味で言ったわけではない、というたぐい。 まあ、大抵はこういうときは、相手の方に直接言ったわけではなくて、間に人が入っている場合なのだけども。 直接確かめずにムカつかれてもな、と思うのでした。 でも、今回なにげに誤解されてよかったなあと思うのは、みっつある。 ひとつは、葛藤がどんなふうにできていくのかがわかったということ。 そういう意味じゃないけど嫌だと言ったことに対して批判された、協力しない、など反応された時、そもそもの自分の素直な気持ちを言わなくするという方法に移ってたな、と。嫌だという気持ちは表現せずに、我慢して協力するという方法。 今は違うけどね。違うから、それはやらない、って決めてるから気づけた。 もうひとつは、 やりたくない=やらない と受け取られるのだなあ、ということ。 わたしの場合はそれ、イコールではない。 やりたくない場合、どうしてやりたくないのかを見ていく。なにがやりたくないことなのか。 やりたくないことをやらなくて済むように工夫したらやりたくないことじゃなくなることもあるし、やっぱりやりたくないことと判明してそのままやらないと決めることもできる。 今回の場合、わたしが早起きが苦手ということが原因なのだけどね。 あとは、誤解されるのもなんとなくわかるなあという感覚が出てきた。だからあんまり気にならない。 相手の方を見て、ああ気にしてるみたいだな、と眺めている余裕があるくらい。 (正直、嫌だなとは感じたけどねー) だって、けっこう違うもんね。ひとによって受け止め方とか自分が何に価値を置いているかとか。 あ、まだあった。気づいたこともうひとつ。 わたしにとって睡眠が人生をだいぶ左右してきたということ。 たとえば高校以降、進学先・住む場所の決め手は、睡眠時間をとれるかどうか、というものであった。 わたしにとって睡眠ってなんだ? (わかったら、ちがう疑問が出た) ...
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