日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年03月22日(火)

ツイッターのタイムライン。
そうか、自分の好みでできているんだった、ということを実感。

世間はそういうものだ、と思ったらそうでもなくてびっくりした…ことにびっくりしたw

ベースがタイムライン目線というか、けっこう被害者意識になってるものなのだなあと周りを見た。
わたしのツイッターのタイムラインでは、被害者を味わっているひとは見かけず、行動しているさまにかっこいいなーと感じたり、これからを見据えてつぶやいているさまに賢いなーと感じたり、そういう方々がいっぱい並んでいて、それをずっと眺めていたから、現実で見る世界ももうすっかりそうなっているものだと思い込んでいた自分がおもしろかった。
でも、間違っていないなと思う。
そのまま行こう。

興味深かったのは。
わたしは、自分の好きな「ドラマ」はこれだな、出演するんだったらこのジャンルだな、というものがある。
基本的に、「ドラマ」は見るだけのが楽かな〜と思うんだけど、今は好きなジャンルに出演できる方が助かる。

で、通常、わたしの好きなものを体験している時、わたしはしんどくなることはないのだけど。
今日は、しんどくなることはないそれはそれで存在していて、それなのに感情面でおもーくなったりした。
感情と思考、こんなに別々に存在してるってありなんだろうか。
それとも、何に反応した感情なのかわかってないだけなんだろうか。。。

職場が働ける状態になくて解雇されたところがあるのを聞いた。昨日今日で市内で2件ばかり。同業。
そういうことが起きるのか。県内、東北だと…どのくらいあるんだろか。どうしたもんだろ。

余震も、もうそろそろ終わってほしいです。3月ずっとグラグラしてるよ。
いつまで続きますか。

たけしさんの言葉として流れてきたものをツイッターで読んだ。↓

「悲しみは本来、すごく個人的なこと。
今回の震災は、2万人が死んだ一つの事件ではなく、1人が死んだ事件が2万件あったということ。
2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人達がいて、その悲しみに今も耐えている。」

今日、ある画像を見た。
だからなのか、なんかそれがとてもよくわかる。
自分がどこに立てばいいか、どこに立ちたいか、いまだよくわからない。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

MAIL