日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年03月23日(水)

「現地の、被災者の方々の放射能に対しての恐怖といったら凄まじいものがあると思う」という記述を読んで、そうだっけ?と自分に確認した。

なんかわたし個人は「怖がってもしょうがない」みたいになってるところもある。
じわじわ影響が〜とか、じわじわ死に至るとかって、ええと…普通だし。普通に暮らしてて、そうだが?と。
もちろん、今の段階でという話。わたしの立ち位置でという話。
現場で仕事されている方を思うと、わたしがこれを答えるのは変だけどね…。

怖がってた自分がいた。最初の地震が起きた頃の自分。
どうして、なにが怖かったのかな…と今振り返っている。

怖かったのは「死」そのものではない、ってのはなんとなくわかる。
それに付随してたものっていうか、こうなったら死んでしまう!みたいな恐れ、それがなんだかわからんね。
どうなったら死んじゃうって思ってるんだろ…。
もう怖くなりたくはないけれど、知りたいとは思っている。




いろんな意見を耳にするほどに、冷静になる。
これがよい、これがわるい、そういう意見にはただ違和感を感じる。
どっちがよい、わるい、どっちが正しいかとか言い争ってるのって、時間がもったいないなと。
求めているものは何かをはっきりさせて、そこに向かって行こうとする方が早いよなあと思う。



未確認情報や、受け取り手で勝手に情報を曲げてみたりとか、自分含めてたくさん見る。
いつもよりも意識して鵜呑みに注意しよう。
鵜呑みにしたら、それは何かに注目してみようっと。



今日はなんだか眠くて仕方がなかった。頭頂がすうすう冷えてる感じ、そして眠い。



いつの間にかわたし、へたれになってたなあ、と思った。
異なる意見を場に投入する勇気を持とう。
いや、たとえ投入せずとも、その意見を自分でちゃんと持っていること。いつの間にか、なんとなく、どこかにやってしまわないこと。
もともとそういう役だったや、と思った。



もともと、水道水はおいしいと感じてないためにずっと飲んでいないのだけど。
だからなんか変な感じです。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

MAIL