日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年02月04日(金)

「人に言えないことやってるの?」とこそっと聞かれた。
どんなことじゃ。

わたしが自分に正直にやっていたことでそう思ったようで、正直でいたらわたしはここにいられないの?この人にとっては正直にやることは人に言えないことなの?とぱっと思ったが、客観的に見てわたしが言わないからだな、と思った。

別に秘密主義というわけではないし、言えないことでもないんだけど、どう言っていいかわからない、というのが正直なところ。
例えばアロマセラピストになりたいからアロマを勉強とか、そういう感じでもないし、ってわたしいろんなバージョンあるなw

どう言っていいかわからない。
そこを見つめることにした。


Q、どうして方法論になってるの? 言えばいいだけじゃないの?


A、誤解されることが怖い。
そして、相手の感じることを自分がどうこうすることはできないし、したくない。
まだ自分でもよくわかってないから、説明すると長くなるしその割に伝わらないような気がする。話が長くなるのは嫌い。

あと「言う」という発想がわたしからあまり出てこない。それに対してなにも感情的にはない。聞かれれば答えるし、必要なことは伝えていると思う。


Q、ふうむ。
言う言わないではないのだな。
誤解されること、怖いね。相手に自分が思ってほしいように思わせるなんてしたくないね。

自分、だんだんわかってきたところだもんね。うまく説明できないと思っているんだね。

話が長くなるのはなぜ嫌いなの?


A、話が長くなると、お互い自由を奪うような気がした。
でもはじめに「自分でもよくわからないから、話長くなるけどいい?」って聞いてみてから話すといいのかもなあ。

…って言っても、「言う」発想が出てこないから相手に聞かれた場合だけど。

あとねー、周りを見ててこうも感じてるみたい。
本人に確かめずに、というか事実よりも話が楽しい方がいいのだろうな、と感じるような話している姿を見るから、噂、思い込み、憶測で言われたくないって感じているみたいね。

誰かにそうしているのを見ているから、ああここで半端に言うとわたしもそうされるな、って伝えないみたい。


Q、でも、人は鏡に映る自分を見るしかないんだよね。


A、(衝撃)
そうか、…別に何を言われても何を想像されても、わたしがわたしでいられればいいんだ。
相手は自身を表現しているだけだった…。そこにびびんなって話だ。


なかなかこれまたよちよちだなー。



家に帰ったら考えてみようと、仕事に関して3つくらい質問を書いていた。
まあ考えるといっても、それに関して浮かんでくることをただ連想して書き出してみる感じなんだけど。
(考え出す、ひねり出すという感じではない)

今日は、さあてその件に関して意識を向けてみよう、なんてせずとも、書いておいただけで答えが来た感じ。

わたしのしたいことは今の場所でできることだと思っていた。
基本、身体の仕組みとか興味あるし。自分で人体実験好きだし。

でも、医療以外のことでもできる、というか、医療の前の段階だなあと思った。わたしのやりたいこと。
でも、完全に医療と離れるという感じはない。予防医学って感じか。
そして、今の職場を離れるって感じも、違う。少なくとも今は違う。フツウに考えてもそうだな。
来年、わたしは手放す時期&調和の時期に入るようだから、そこではっきりするであろう。たぶん。

自分で違和感を感じた時に、自分でできることをすること。自分の感覚を信じられること。
形となって病院で発見できる前に、形となる前の違和感で手放すことを選ぶ。
そういうことをやりたい。

でも、教えるとかちゃんとしたのは無理。楽しいと感じないからそれはわたしのやることじゃないと思う。
真剣に遊ぶ感じで、それができるといいなーと思う。

と、まあうすらぼんやりだけど、自分のやりたいことがわかった。
相変わらず、形はどんなか全く見えないけど、まあいいや。またもっとはっきりしたり、その時その時で変わったりするだろうから。

それに、なんか楽しい。


...




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