日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2010年02月14日(日)

バレンタインデーですねー。チョコ食べました?

呼吸法マイブームなのはいいのですが、ある呼吸法をすると眠くなって眠くなって…。
今日は時間があるから、呼吸法をしてからお風呂入ったり本を読んだりゆったりしよう、なんて予定は却下され続けて、21時就寝という日々が続いた先週でした。

…先週はこれといってなんもしてないような。

呼吸法の効果は出ていて、夢で自分の葛藤となるものとか観察できていて(ワークショップ後、毎日夢を見続けています)、あーそういうのあるんだよなー、と思った後に呼吸法をしてると、なんかこれまでその葛藤に注いでいたエネルギーがなくなっていくのがわかったりして。
頭で考えて理屈でどうこう、という方法ではなかなかどうにもできないようなものが、あっさりなくなっていくのがおもしろいなあと思います。

先日のワークショップ中に、「現在に影響を与えている過去世」を見る誘導瞑想をしました。
わたし自身はビジョンではよくわからなくて、なんか両腕が重くなって…なんか悲しいフィーリングがやってきました。
よくわからない時は「もっと詳しく!わたしにわかりやすく!」とリクエストしていくのですが、リクエストしたら今度は怖くなって、がたがたと身体が震えだしました。
ええ〜?なんなの?とそれを冷静に見ている自分。
そうしているうちに次の誘導へ移って時間切れだったのですが。

それについて質問をしたのですが、ゲリーさんのお話によると、それはわたしがアカシックリーダーだった過去世で将軍のお気に召す結果を伝えられなくて腕を切られた、って話でした。

なんかわかる気がしました。正直に言いそう。

で、それを踏まえてもう1度体感したフィーリングを思い返すと。
「わたしはわたしのなすべき仕事をきちんとしたのに、それによって理不尽な結果を与えられた」
「そんな責任をとりたくない」
という思考が出てきました。

この思考パターンは思い当たるものがあります。
そして客観的にその思考を見れば、この思考が出るってことは、本当に「なすべき仕事をした」といえるのかとも思ったり。将軍が理解するためのサポートなどができず、その「できない」ということから目を逸らして、将軍にその重い結果をまるなげしてる可能性が。

将軍のキャパ越えてわたしの両腕が切断になったとしても、それに対してわたしが本当に「なすべき仕事」をしていたとしたら、将軍をサポートする能力を持っていなくてもそれをわたし自身が認められていたなら。
その時点で怖いとか悲しいとかはあったとしても、それがずっと残ることはなくて、自分自身に対して誇りを持ったままでいられるよなあ、と思いました。
おもっきし結果に投資してる思考だったなあと気づいたのでした。

同じことが起きても体験は変えられる、ということで、イメージしなおしてみました。
落ち着く。

落ち着いたら気づきました。
自分のできない部分にまで責任を感じがちだったり、逆に他人の責任まで引き受けようとしていたり。逆に、そんな大変なのやりたくない!とかね。
もっと、自分の力も他者の力も信頼できるなーと。

タロットで例えれば。
結果が出て、それを受け入れるか入れないかの選択はクライアントさん自身。
クライアントさんにとって、楽しいな、しっくりするな、と感じた結果をクライアントさんは受け入れる。
受け入れたくないものであったら、そうでないものを選ぶという決断をクライアントさんは行う。
わたしは、結果を鵜呑みにさせず、どんな経験をするか決める力がクライアントさんにあるということを信頼し、伝える。

うーん。
将軍様ありがとう。


...




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