日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2009年12月29日(火)

終わりよければ全てよし、年末デトックスです。
今日は葛藤ばかりでした。


CMで、「大切なものはお金なんかじゃないってことを!」とシャウトして、「オレ、キレイなこと言いました」ってテロップが出るものがあるけど。

キレイなことなんかな。
お金「なんか」って、お金をそういう扱いしてて「キレイ」っていうんかなーと引っかかる人はわたくしです。 (^^;)

今日、母親を歯医者に連れて行ったんですね。
帰ってきてから、わたしは寒くて寒くて…久しぶりに知恵熱な感じに。

何?何がわたしにあったのさ!
ということで、振り返ってみました。

初めてその歯医者に行きました。
年末年始以外無休で行きやすいし、スタッフさんや先生はとても優しげで感じいいのですが。
いかんせん、院内がすごい気になる。

テレビの後ろや書棚の後ろのクモの巣。
床に積み上げられた備品の段ポール。
使っていない処置する椅子に乗せてある脱脂綿の山。
だらーんと長く垂れ下がっているように見える窓際のカーテン…。

実際に汚い部分もあるけど、キレイに見せようというのも感じないところにダメージ受けたかな…。
熱出すほどなんだ、って客観視して笑いました。
中に入らなくても、外見が「過去に経営していた」っぽく見えていたのだけど、いや、中身は外見と比例するなと実感をしてしまいました。

わたしは自分ひとりがいる分で部屋を散らかしていても結構気にしないのだけど、散らかっている空間に誰か他の人がいるのを見る、ということが結構嫌です。

まあ、そうでなくとも医療機関はキレイな方が喜ばしいかと思うけどね。

うちの母は医者を変えることに義理と人情でストレスになるタイプなので、とりあえず入れ歯を作り終えるまで通いますが…いちばんはキレイにしてくれるといいなと。

スタッフさんや先生たちがいい人な感じじゃなかったら、こんな葛藤はないと思うんですよね。
惜しいんだよなー。家族で経営してるっぽいし、わかってないんだろうなー。

そこで葛藤を感じるって素材が自分にあったのを知れたのが良かったです。
何かしてあげなきゃいけないんでは、とか思いがちなんだよなあ。


もうひとつの葛藤はいつものアレですね。母親の気持ちを慮り過ぎてるってやつ。
書いていて気づいたのですが、もともとの根っこは歯医者さんに対する葛藤と同じものだなあと。

自分が嫌だと思うことを行う必要はないと思っていても、嫌だと思っていることを伝えることもせず、我慢してやってあげようとするところをいい加減に卒業したいデスよ。
「嫌だと思っていることを伝えること」を避けたいから、やってあげてしまうってのはよーくわかってる、わかっている。
どう伝えればいいのかが、親子を数十年しているのにいまだに不得意だなあと思います。伝えなくて済むように、やってあげてしまう。

わたしは母が望むことは母自身の手でやって欲しい。
そのサポートは、したいなと思うことです。
プロデュースすることは、やりたくないことです。
そんなわけで、もう今年を最後にプロデュースは引退することを決めました。
価値観が異なっているわたしに託されても無理。なのに、やってやろうとしちゃうんだよなー。これは優しいとは言わないと思うデス。流されてるだけと思っています。
なぜなら意識的にそうしているんではなくて、自動的にそうなっているから。

実践できるように、ブレないように、自分の真ん中をしっかりさせたいです。

どう考えてもこの知恵熱現象は精神的なものだろう、ということで、音叉でエネルギーワークをしました。
軽くなったところで、途中になっていた本の続きを読み始めたら、まさしくそのことについて書かれていました。(シンクロ、慣れてきました)
第三チャクラ関連ですねえ。

段々と整理がついて。
言葉で表現されていることの裏を、相手の方が言いたい本当のところを知ろうと、言葉や態度全般からサーチしている、そういう自分に気づきました。

そして。
わかっても、気づいても、相手がそれを手伝って欲しいと言葉で表現しないことを、「やってあげなければ」と思う必要も、先回りして手伝う必要もない、ということも。

もちろん、「手伝いたいな♪」と意識できて行動はOKだと思うけど、ワクワクとは異なるエネルギーから迫られるように、無意識に自動的に動くことは避けたいなと思いました。

年末追い込みなのか、課題がハッキリしました。やったねー。
練習練習!


...




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