日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2009年10月17日(土)

嫌なことがあったり自分の思うように行かないことがあったりすると、わたしは眠くなるってことが多かったんですが。
ネットをうろうろしていたら、納得する解釈がありました。

赤ちゃんの頃に、ミルクを飲みたいのに飲めなかったり、おしめを換えて欲しいのに気づいてもらえてなかったり、そんな感じで「自分の思うように行かないこと」が起きた時に、そういう自分の気持ちを「思うように行かないんだ」と諦めて、そして布団のふわふわの中のここちよさにその空間を埋めてもらって、そのパターンを今も使っている、…という解釈。

あー、それっぽい、と思いました。



あきらかに自分が変化していってることに気づきます。1年前とかと比べてもまるで違うことが。特に人との関係性とか。

以前わたしは、周りを悪く解釈する人が苦手でした。
その人の思い込みから見るもので、実際はそういうつもりはないということに対しても「感じ悪い」と評価するような方が苦手でした。

今はそうでもないというよりも、違う感覚になっています。
「!!」と感じていたものが、「?」と感じるというか。
1年前は「!!」だったんで、それを思い出して「変わるもんだなー」と。

「?」と感じて、理解するという形になっています。
「自分にそれだけ許していないことが多い人なんだなあ」とか、「大変そうだなあ」とか。
その人がどう受け止めているかっていうのが、直接的な言葉や態度を使わなくとも、言葉や態度として総合的に表現されるので、そう受け止められたくないと感じる人は離れて行っちゃうよなあ、とただ理解したりとか。

なんで周りを悪く解釈する人が苦手だったのかなーと今、見つめてみたんですが、どうやらわたしはその人からの承認を得られないかもしれない、と感じて、嫌だと感じていたみたいです。
その人からの承認が欲しかったんだねえ。

そして今なんで嫌だと感じていないかといえば、まあいろいろやってきたからでしょうが。
思い返せば、もはや日課になっているポノポノがとても有効〜。
「外部」からの承認を得ることへの欲求というか、必要性というかがなくなりますねえ。
自分自身がわたしのことを「愛してる♪愛してる♪」と承認しているので、それでもう満たされるみたいですね。
すごいなー。自分からの愛情ってすごいんだねえ。


うまくいっているのでどんどんいこうということで、これも早く手放したーい!と、しばらく見つめている思い込みがあります。
現在のわたしには、「自分の感じたことを素直に言ってはいけない」という思い込みがあります。
だから、自分の感じたことを素直に表現できる人に対して惚れぼれとするところがあります。
「あれよあれ、あれがわたしが欲しいと感ずるものなの!」っていう感じで。

でも、何を恐れているのかが全く見当ついていません。
自分の感じたことを素直に言ったらどうなってしまうと思っているんだろ?
その葛藤は、何かに対する意見とかには出てこなくて、わたしはこれが好き、わたしはこれが嫌い、ということへの表現に対して、抵抗が出てきます。
なんなのだろうなあ。

そのうちに、「なんだろうなあ、と思っていたなあ」と懐かしく思うんだろうなあと、信頼しています。

今までそうだったから、って信頼できるくらい積み重なってきました。
むふ。


...




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