思考過多の記録
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| 2003年03月14日(金) |
海の向こうで戦争が始まる2003〜その3 |
イラク攻撃を巡る安保理決議を巡って、アメリカは孤立の度合いを深めつつあるようだ。「テロとの戦い」「アメリカの自衛のため」「イラク国民の圧政からの解放、および中東の民主化」といった、この戦争を正当化するために用意された様々な理由が全てこじつけにすぎず、この戦争には大儀がない(そもそも大儀のある戦争というものがあるかどうかは疑問だが)ということは、今や世界の多くの国々にとっての「常識」にすらなっている。ことここに至ってもなおアメリカを支持する国々は、この世界の「常識」に逆らってもそうせざるを得ないある種の「事情」を抱えていると見られても仕方がない。でなければ、相当「常識」の基準が国際社会の共通認識とずれてしまっている国ということになる。
さて、我が日本である。米英が「査察打ち切り、武力攻撃」を公言し始めた段階でいち早く「支持」を表明し、その後米英が武力攻撃に事実上国連の「お墨付き」を与えるために用意した新決議案に対してもいち早く「支持」を表明。のみならずその採択に向けて関係各国に電話等で積極的に働きかける「外交攻勢」を展開している。 勿論、結果は芳しくない。日本の言うことにまともに耳を傾ける国はまずない。ODAという「札束」が通用する国々は、確かに聞くふりくらいしてくれただろうが、それが実際に効果を現すとは現時点ではとても思えない。 けれど、実は日本としては実際に働きかけた国々が賛成票を投じるかどうかはあまり問題ではない。日本が決議案の採択に向けて「働いた」という姿勢を見せることが、なかんずくアメリカにアピールすることが大切なのである。少なくとも、政府の中枢にいる人々はそれが日本のため=国益だと思って動いているに違いない。
しかし、「アメリカのため」だけに動くことが果たして本当に国益にかなうことなのだろうか。それについては、「日米関係は重要だ」ということで何でも片づけようとする傾向が強い。僕も日米関係の重要性について依存はないが、そのことと、アメリカのすることが全て正しいということとは別問題だ。 それを言うと、日米関係はそもそも対等ではないので、日本が何を言っても仕方がないとか、北朝鮮に攻められたときに守ってもらわなければならないからとかいった反論が返ってくる。 それらの意見は、一見反論の余地もないくらい正しく思える。確かに日本はアメリカに経済的・軍事的に依存しながら今日まで平和と繁栄を享受してきたこと、そしてその状態は今も続いていることは冷厳な現実だ。けれど、その現実は未来永劫代わらない「現実」なのであろうか。
日本がアメリカに依存するには歴史的な経緯があり、現状はその結果である。現時点ではそれが「ベター」だと思われているのでその状態が「選択」されている、というのが正しい認識であると僕は思う。言い換えれば、この状態が僕達の国やアジア地域・世界情勢にとってよくないと判断される場合は、僕達はその選択肢を変更していいということだ。ベルリンの壁崩壊の例を出すまでもなく、変更不可能な「状態」はないと考えるのがむしろ現実的だと思われる。 その観点から見たとき、現在および予測される将来のアメリカを考えた場合、日本が「無条件のアメリカ支持」の立場を国際社会において鮮明にし続ける状態を維持することが、果たして日本にとって得策かどうかを冷静に判断してみるべきであろう。
このまま国際社会の大部分の支持を得られないまま、アメリカが開戦に踏み切った場合、国連決議の有無にかかわらずその行動は国際的な非難を浴びることになるのはまず間違いない。たとえ軍事的に勝利を収めたとしても、この戦争におけるアメリカの政治的な敗北は明らかだ。よしんばイラクの戦後復興を主導し、「民主的な」政権を樹立したとしても、それは実はアメリカの国益のみを考えた行動ではないかと多くの国が疑念を抱く(そして、それはおそらく正しい)ことは想像に難くない。勿論イラクを含むアラブ社会(特に民衆レベル)には、反米感情が完全に根を下ろすだろう。 そういう状況下で、「無条件のアメリカ支持」の旗を揚げたままの日本がどんな立場に追い込まれるのか、少し考えてみれば分かるだろう。それでもアメリカに道義的に少しでも利があれば、または日本がこれまで(一応)掲げてきた「平和主義」に合致していれば胸を張ることもできるだろうが、今回のケースは、誰がどう見ても「米国追随」以外の何者でもなく、日本の主体性の欠片も見えない。最近の総理大臣や外務大臣、官房長官のコメントを聞いていると、殆どアメリカ政府高官の言葉のオウム返しである。
そんなこの国が、国際社会でまともな扱いを受けるとは思えない。しかも、このまま対米追随を続ければ、日本がこれまで石油等の交易を通じて築いてきたアラブ諸国との独自の関係が、一気に崩れる危険性もある。「結局お前達はアメリカの手先なのだ」という見方をされてしまえば、アメリカと一緒に民衆レベルの反感を買う可能性は大きい。当然、テロの標的になる可能性も出てくる。 要するに、今回のイラク問題で日本が対米追随路線をとり続けることは、あらゆる意味でリスクが大きいのである。
何故この国は悲しい位アメリカ支持を続けるのだろう。僕は、単に外務省を含む政府と政権党を中心とする政治家達が思考を停止しているからなのだと思う。そこには深謀遠慮の欠片もない。殆どパブロフの犬並みの反応である。 アメリカの言うことややることは無条件で受け入れ、支持し、その利益のために動くこと。どんな場合でもそれが最優先であり、それが我が国の国益だ、という単純な図式に従ってしか、彼等は考えることができなくなっているのだ。 アメリカが絶対的な力を持ち、その覇権が揺るがない「世界」が未来永劫続いていくのであれば、それでいいのかも知れない。けれど、現状を見ればそれが全くの幻想に過ぎないことは明らかだ。
イラク問題で日本の取るべき道は、フランス・ドイツ・中国・ロシアと協調して査察継続のために力を尽くす一方、イラクに対しては事態の平和的解決のための行動を粘り強く働きかけることだ。そうすれば、無用な血を流さずに事態を解決できるばかりか、そのために努力する姿勢を世界にアピールできる。これによって稼げる外交上の得点は大きい。たぶん、アメリカ支持を捨てることによる失点を補ってなおお釣りが来ると思う。
日本政府は、アメリカを買い被りすぎていると思う。確かにアメリカは大国であり強国であるが、世界の全ての国が日本のようにアメリカに跪くわけではない。 日本はアメリカ一国に何とか好かれようと必死になっているが、そのことでアメリカ以外の国々から嫌われたり、軽蔑されたりすることになるということに早く気付くべきである。日本国民として、そんなことには耐えられない。 この週末も世界中で大規模な反戦デモが予定されているが、今や反戦=反米である。そしてそのうねりは世界各国に広がっているのだ。そのうねりの中で、僕達の国は孤立しているというのが、正しい現状認識であろう。 政府や政権政党が追求する「国益」とは、一体誰のための利益を指しているのだろうか。
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