思考過多の記録
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2003年02月03日(月) 綱渡りする「宿命」

 この週末、ショッキングなニュースが世界を駆けめぐった。しかも、またしてもアメリカ絡みである。
 スペースシャトルの空中分解。さすがハリウッドの国だけあって、あの9.11といい、まさに映画を地でいく出来事である。大空を走る一筋の閃光。やがてそれはキラキラと光るいくつもの細かい固まりに分かれて散ってゆく。まさに現実とは思えない映像だ。映画では、主人公達はこの危機一髪の状況から辛くも抜けだし、めでたしめでたしとなる。観客は手に汗を握っても、最後には安心できると知っているから、スリルを楽しんでいられるのだ。
 けれど、現実は勿論違う。



 事故原因については、いくつかの可能性が取りざたされている。僕自身は科学者でも専門家でもないので、その当否について論じる資格はない。ただ、一連の論議を見ていて僕が思ったのは、これはある種の「警告」であろうということだ。平たくいえば、「調子に乗るなよ」というメッセージである。では、誰に対してなのか?勿論、アメリカに対して、そして、人類全体に対してである。



 折しも、あのニュースが入った日の前日、僕はある人と「普通の人が宇宙旅行に行けるようになるのが早いか、それともクローン人間が一般化する方が早いか」について話していた。僕はクローン人間の方が早いといい、相手は宇宙旅行が先だといった。確かにクローン人間の方は怪しげな発表があったばかりなのに対して、宇宙旅行の方はスペースシャトルが最早実現しているし、宇宙ステーションの建設も始まりつつあるというわけだ。宇宙開発の技術の方が歴史は長く、成熟しているという印象なのに対して、クローン技術はまだまだ歴史は浅く、ましてや人クローンに関してはその是非が論議の的になっているくらいだ。そんなこんなを考え合わせれば、人がもっと気軽に宇宙を旅することができるようになることのほうが、ずっと近道であるかのように思われてくるのも無理はない。「2001年宇宙の旅」をはじめ、宇宙をテーマにした映画や漫画・アニメの類(その多くはSFである)は数多くある。僕達は、もはや宇宙旅行をイメージの世界で「体験」した気にすらなっていた節もある。技術は着実に進歩している。後は時を待つだけだ。少なくとも先進国と呼ばれる国々に住む多くの人々は、漠然とそう考えていたとしても不思議ではない。
 そして、世界に先駆けて人間を宇宙に送り込んだアメリカという国は、自らの技術力の高さとその確かさを疑っていなかった。それは、とりもなおさず自分達が世界の、いや人類の「リーダー」であることの証だったのだ。



 今回のコロンビアの事故は、そうした人類の技術に対する考え方が、「思い上がり」に等しいものだということをまざまざと見せつけたものだ。事故についての解説を聞くにつけ、スペースシャトルという乗り物は、揺るぎない技術力の上に作られたもので、いわば当然のように宇宙へいって帰ってきているということでは全くなかったということがはっきりしてくる。
 この20年というもの、当たり前のようにシャトルは飛び続けたのだが、それは決して当たり前のことではなく、いわば綱渡りだったのだ。それも、綱というにはおこがましいほどの、まさに糸のようにいつ切れてもおかしくない程の心許ない綱の上を渡っていたのである。いや、ことによったら、それは綱渡りですらなく、マルクス流にいえば「命がけの飛躍」だったのかも知れない。はなから足下には何もなかった。それを「科学技術」という細い細い「綱」で何とか支えているように見せかけていたのだ。そのことにもっと早く気付くべきだったのだ。しかし、「飛躍」が回を重ねるうちに、人類は恰も自分達がうまく綱を渡っているかのような錯覚に陥り、終いにはそれが「橋」ででもあるかのように思うようになってしまった。アメリカ政府がNASAの予算を削ったり、打ち上げ時のアクシデントを過小評価して飛行を続けさせたりしたことは、このことの証左であるように思われる。



 勿論人クローンでも同じことなのだが、人類の「技術力」とはその程度のものだ。人が「神」の領域の征服を目指してこれまで様々な発見や発明を行い、それが科学や技術を発達させてきた。それを僕達は「進歩」と呼んで歓迎してきた。それ自体を否定することはできないし、またどれ程危険が伴おうと、そこに未知の領域があればそこに踏み込んでいかずにはいられないのが人間の宿命だ。
 考えてみれば、人類が「直立歩行」という動物としては不自然きわまりない姿勢を選んだこと自体が「命がけの飛躍」の始まりだった。そのことが人類の「脳」の発達を促した。今述べた人類の宿命は、まさにそのことによって生まれてきたのだ。つまり、平たくいうと、僕達はいつでも「調子に乗る」運命を背負っている。そして、今回のように実際に犠牲者が出るまで、「頭に乗りすぎた」ということに気付かない。
 テキサス・ルイジアナの上空で、コロンビアはいくつもの光の固まりとなった。それが夜明け直後の青い空に尾を引いていくのを、地上のカメラが映し出す。そう、人間は元々空を見上げる存在なのだ。そして、空を見上げ、「飛躍」を夢見てしまうのもまた人間である。



 人クローンの誕生は間近だといわれる。今度は一体どんな予期せぬ出来事が起こり、誰がどんな形で犠牲になるのだろう。


hajime |MAILHomePage

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