思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2001年12月09日(日) 汚れた手で飯を食う

 野村サッチーが脱税容疑で逮捕された。世間には彼女に対して反感や恨みを抱いていた人間も多かったらしく、早速各メディアでバッシングが始まっている。
 彼女は紛れもなく犯罪者であり、その言動やこれまでの経緯を見ると、批判されても当然であると思う。ただ、僕が気になっているのは、彼女を批判することで「商売」をしようとする人間達のことだ。


 芸能界で注目を集める人間にありがちなことだが、サッチーに関しても多くの「暴露本」が発売されているらしい。テレビで紹介された中には、実の息子や兄弟が書いたものもあった。どちらの本も、サッチーの「素顔」とやらを伺わせる会話やエピソードで埋め尽くされている。どのくらい売れているのか定かではないが、割と名前の知れた出版社から出ているので、そこそこの部数は出ているのだろう。また、テレビで取り上げられれば、そこで需要が喚起されるという効果もあるだろう。



 彼女を知る人達が彼女をネタに金を稼ぐことを妨げることはできない。しかし、それにしても、彼女の肉親までもが堂々とテレビに登場してインタビューに答え、煙草をくわえながら「守銭奴ですね、彼女は」とか言ってみたり、自分と彼女との電話の会話をそのまま録音したテープをメディアで流してしまったりするのはどんなものだろうと思う。
 あのテープを公開した実の息子は、おそらく母親の仕打ちに起こり、また彼女のやり方を見るに見かねてそうしたのだろうと思う。いわば、彼の純粋な「正義心」から出た行動である。しかし、それを「素材」として利用する側には、「正義」などというものは微塵もない。いくらワイドショーでレポーターが安っぽい「正義」で粉飾したコメントを付加しても、彼等にとってそれは「飯のタネ」以外の何ものでもないのだ。
 彼女についての本を出し、テレビでとくとくとコメントしていたあの肉親の中年男も、おそらく彼の頭の中に「あいつは金になる」という計算があったのだろう。彼女のおかげで辛酸を舐めさせられてきたので、これで敵を討とうという意図もあったのかも知れない。これらは推測の域を出ないが、もしそうだとすれば、彼の意図を出版社やテレビ局は「素材」に使って金に換える、その決して綺麗とは言えないビジネスの片棒を、彼は担いだことになる。



 確かにサッチーは悪辣な手段で金を稼ぎ、それを隠蔽しようとして悪事を重ねた。だが、それを暴き立てることで飯を食う輩に、彼女を批判する資格があるとは思えない。サッチーは法を犯したが、それをネタに金を稼ぐ人々は法に触れていない。それだけの違いでしかないように思う。そして、彼等の流す情報に群がる人々、つまり受け手である多くの人々もまた、彼等に利益を与えることでビジネスを成り立たせてしまっているという意味では、罪は免れないだろう。



 数年前、酒鬼薔薇事件があったとき、彼の両親の手記が大手出版社から出版された。僕は、おそらく世間の多くの人々とは違った意図でその本を買って読んだ。
 しかし、考えてみると、あれだけ大きな犯罪を行った子供の両親に、その顛末を書かせるというのは、非常に酷なことである。確かに彼等の子供は犯罪者だが、その親だからという理由でそこまでのことをしなければならない義務があるとは僕には思えない。社会的制裁という意味で言えば、本など出版しなくても彼等は相当のものを既に受けていたのだから。
 あの本の出版の企画を出した編集者にも、それを決定した責任者にも、おそらく社会的な責任を果たすとか、そういった崇高な理念はなかったと思う(後からそういう理由をくっつけたかも知れないが)。彼等が出版を決めた理由は、需要と供給という経済の理論である。相当数の部数が見込めて、それが会社に利益を与えるという計算があったから、その企画は通ったのだ。そうでなければ、あのような非人間的とも言える仕打ちができる筈はない。
 誰が傷付こうとも、どんなに汚い手を使おうとも、それで飯が食えるならやる。ビジネスとはそういうものだ。言うまでもないことだが、そういうものに手を染めた輩に、酒鬼薔薇の両親を責める資格はない。間違いなく彼等は酒鬼薔薇の両親より汚れているし、人間としてはより低いレベルに属すると言える。
 勿論、理由はどうであれ、僕はあの本を買ってしまった。僕も彼等の片棒を担いでしまったことになるのである。



 きれい事を言っても、人は金を得なければ生きていけない。その日の食を得る過程で、誰もが多かれ少なかれ手を汚している。しかし、そのことを常に意識しているかどうかは人によって違うだろう。
 鈍感にならなければ心が荒み、場合によっては狂ってしまうかも知れない。そういう仕事に就いている人間は、この国に、そして世界中にどのくらいいるのだろうか。


hajime |MAILHomePage

My追加