思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2001年10月17日(水) 見えない「細菌」の増殖

 アメリカで炭疽菌という目に見えない細菌の恐怖が広がっている。この事件があって初めて僕はこの菌の存在を知ったのだが、元々は家畜の感染症を引き起こす菌として知られていたという。肺から吸い込んだ場合、何と致死率は100パーセント。それも、24時間以内だという。何とも恐ろしい菌の割には培養は簡単だそうだ。例の同時多発テロとの関連は今のところ不明だが、この菌がメディアを中心に送りつけられているというのが何とも象徴的である。
 そもそも細菌は目に見えない。それが空気や皮膚接触等あらゆる手段で人から人へ(もしくは動物から人へ)感染していく。見えないものが世の中に広がり、知らないうちに自分の体の中に侵入して増殖していく。そして、ついには正常な細胞を食い尽くす。「見えない」ということは不安や恐怖心を駆り立てる。それが社会全体に瞬く間に広がる。するとそこに、パニックやヒステリーのような状態が生まれるのだ。人々は常にどこか正気を失った状態で日々を送らなければならない。もし何かのきっかけでそれを刺激するような出来事が起こると、パニックになった人々はあらぬ方向に暴走する。そして、新たな悲劇が起こる。
 炭疽菌が郵便物と一緒に送りつけられ、感染者や死者が出たという情報は、全世界を巻き込んだ「戦時下」の空気の中では、「サイバーテロ」が我々の社会を攻撃してきたというイメージを人々に与える。そして、一度そうしたイメージが出来上がると、そのイメージは限りなく増殖し、当のメディアや口コミによって拡大再生産され、世界の隅々にまで浸透する。そして僕達の思考や感覚を支配する。まさにそれは細菌が感染しながら広がっていくイメージそのものだ。世界中の殆どの人間が、こうした状況から自由にはなれない。
 こうした犯罪に付き物の悪戯や便乗犯、愉快犯も既に登場している。本当の犯罪者達の犯行とない交ぜになって、ますます不安と恐怖は膨らんでゆく。犯行声明が出ていない以上、本物の犯人と模倣犯を区別する方法はない。どんな些細な悪戯にも、みんなが右往左往しなければならない状況が生まれているのだ。
 もしこれがあのテロの延長上にあるもの、もしくは報復に対する報復だとしたら、犯人達の動機はやはり「恨み」や「憎悪」である。そして、模倣犯や愉快犯達の動機は、単なる悪戯心というだけではく、社会が不安を抱き、慌てる様を見てストレスを発散するという、ある種の「悪意」がベースにあるものと推測される。どちらも、豊かさと平和を謳歌する社会に居場所を見いだせず、または意に反してそこから弾き出されてしまい、底辺(もしくは周縁)に追いやられている人々だ。いってみれば、社会に中心にいる人々からは「見えない」存在になっている人々である。
 人は相手から見えない状態(「匿名性」を帯びた状態)の時、それまで押し殺していた「悪意」を剥き出しにする。インターネットがそのいい例だといわれる。普段の顔と顔を付き合わせたコミュニケーションではおよそ使うことができない誹謗中傷の言葉が、この空間では平気で飛び交う。そこで解放された「悪意」と「憎悪」はまるで細菌のように増殖し、新たな「悪意」と「憎悪」を生み出していくのだ。
 たとえビンラディンを捕らえ、炭疽菌を送りつけた犯人が特定され、あの集団を壊滅させたところで、この増殖が止まることはないだろう。何故なら、「悪意」と「憎悪」を培養するのに最適の培地は、僕達人間の心の中にいつでも存在しているからである。


hajime |MAILHomePage

My追加