思考過多の記録
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| 2001年10月14日(日) |
ひとり‘プロジェクトX’ |
1年4ヶ月あまり僕の仕事を手伝ってくれていたアシスタントの若い男性が、再就職のために職場を去ってから1週間がたった。山梨出身の彼は教員を目指していたものの、ご他聞に漏れず狭き門の採用試験に合格することができなかった。大学を卒業後、捲土重来を期すため取り敢えず東京のとある量販店に社員として勤務するも、あまりの激務のため採用試験の勉強もままならない。それでも初志貫徹を目指す彼は、そこを退職して僕の働く会社にアシスタントとして入ったというわけだ。 社員ではないので基本的に残業はないし、時間はある程度自由になる。とはいえ、フルタイムの勤務をしながら勉強を続けるのはなかなか大変だったろう。昼休みに自分の席で1人勉強をする彼の姿をよく見かけたものだ。それでも彼は、僕達に大変そうな顔を見せたことはなかった。彼は生真面目で穏やかな性格だったが、仕事は決して要領よくこなす方ではなかった。それは、おそらく彼の生き方の反映だったのだろう。しかし、何としても教員になりたいという思いだけは強かったようだ。北から南まで、いろいろな県の教員採用試験を受けていた。勿論、そのための予備校にも通っていた。それでも僕の職場は仕事の繁忙期を迎えていたため、彼は最低限の休みしか取らないようにしていたようである。 そうして迎えた彼にとって2度目の採用試験でも、残念ながら彼はいい結果を出せなかった。ただ、「教壇に立つ」という目標は達成することができた。埼玉県にある予備校の専任講師として採用されたのだ。最後の日、課員全員で少しずつお金を出し合って、花束と寄せ書きとささやかなプレゼントを渡した。彼は驚いたようだったが、何と彼も僕達にプレゼントを用意していたのだった。これには僕達の方が驚く番だった。彼が僕にくれた‘餞別’はマグカップだった。そこには英語で「私はいつか、幸せな人々が登場するハッピーエンドの映画を見たいだけだ」と書かれていた。こうして彼は僕の職場を去った。 アシスタントと社員。仕事を頼み、それをやるというだけの限定的な関係では、彼の本当の姿は決して見えていなかっただろう。その中でも彼の現代の若者には珍しい、純朴といってもいい真っ直ぐな人柄は伝わってきた。何故彼が教職にこだわっていたのかじっくり話す機会はなかったが、確かに教育という仕事に彼はある意味で向いているのかも知れないと思った。同時に、そんな彼が実際の教育現場に入っていったときに、ある種の壁が立ち塞がるであろうことも容易に想像がついた。今の子供はかつての子供ではない。おそらく今年24になる彼の子供時代とも全く違う人種だ。また、学校を取り巻く周囲の状況や、教育に求められているものも様変わりしている。都市部であればある程この傾向は顕著だ。彼のような純粋な人間の教育に対する情熱は、果たしてストレートに受け入れられるのだろうか。そして、現実の中で揉まれるうちに、不器用な生き方しかできない彼は壊れてしまわないか。そんな心配事が頭を過ぎる。 そんな現状を知って知らずか、彼は夢を捨ててはいない。自分が教える教材を徹夜で猛勉強していたと人伝に聞いた彼は、もう教壇に立っている筈だ。そこから見える世界は、彼にどう映っているのだろうか。そして1年後、彼は再び教員採用試験にチャレンジするだろうか。勿論、たとえそれに合格したとしても、それがハッピーエンドというわけではないことも、僕は知っている。 この歳になると、何かにつけて理屈をつけなければ動けなくなっているが、彼を見ていると、人を突き動かす「夢」というものについていろいろと考えさせられる。そして、自分が失ってしまったものを思い出し、改めて懐かしさと愛おしさを感じるのだった。
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