思考過多の記録
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| 2001年09月16日(日) |
海の向こうで戦争が始まる(1) |
世界で唯一の超大国・アメリカで起きた同時多発テロ事件は、文字通り世界を震撼させた。この事件を知った僕の周囲の人間の反応の殆どは、「怖い」というものであった。事件から数日が経過し、かの国では犯人の絞り込みと報復の準備が着々と進行している。よく言われることだが、あの国は建国以来本土に外国からの攻撃を直接受けた経験がない。しかも狙われたのはあの国の経済的繁栄と軍事的強大さの象徴であるワールドドレードセンタービルとペンタゴンである。また、実はホワイトハウス若しくはキャンプデービット山荘も標的になっていたという情報もある。勿論被害は甚大だ。アメリカ人が受けたショックは想像を絶するものがある。 僕は最初この事件の映像をテレビのニュースで見たとき、何とも言えない違和感を覚えた。確かにそれはニュースであり、今初めて見る映像なのに、奇妙な既視感があったのだ。そして、それとは一見矛盾するようであるが、現実に起こっていることなのに何だか全く現実感がないのである。ワールドドレードセンターに突っ込む旅客機、そして大爆発。ツインタワーの倒壊。同じシーンがいくつもの異なるアングルから繰り返し映し出される像は、どうしても最新のSFXを駆使したハリウッド映画のプロモーションにしか見えない。 そういえば、以前こんなストーリーのハリウッド映画を見た。旅客機を乗っ取ったイスラム原理主義者たちが、飛行機ごとニューヨークに突っ込ませようとするのを主人公達が阻止するというものだ。その他にもテロやハイジャックを取り上げた映画は枚挙に暇はない。また、高層ビルの火災もパニック映画の格好の題材だ。勿論それらはフィクションであり、最新の映像技術を使ってより「本物」らしく見せようと苦心してある。逃げ惑う群衆のシーン等と合わせて、あまりの「本物」らしさに、逆に見る側は「虚構」の世界に出来事だと安心してスリルとサスペンスを楽しむことができる仕掛けになっているのだ。 ところが、あの日テレビに映されたのは紛れもない「現実」だった。その映像は僕達が映画館やビデオの映像で繰り返し繰り返し見てきた出来過ぎた「虚構」のイメージそのもので、それがあの既視感と現実味のなさの根底にあったのだ。しかも、それが紛れもない僕達の「現実」に飛び込んできた「本物」の映像だったことが、何とも言えない違和感の正体だったのであろう。おそらくこの感覚は、ワールドトレードセンタービルとペンタゴンにいた人達以外の、アメリカも含めた全世界の人間の多くが瞬間的に感じ取ったのではないかと僕は推測する。それ程あの事件には現実味がなかった。つまり、あのビルやペンタゴンに旅客機を衝突させるなどという暴挙を、一体誰が正気で考えつくだろうか。映画や小説といった絵空事=「虚構」の世界だからこそ「あり得る」ことだったのだ。 そして当初から指摘されていた通り、どうやらこのテロには宗教的な背景があるらしいことが分かってきた。宗教はある種の「虚構」の世界である。少なくとも「現実」の話ではない。神の教えの実現のために、神の理想の導くままに、自らの命と引き替えに彼等はこの絵空事を実行した。それも、かなり長期にわたる準備期間と綿密な計画、そして多くの資金を費やして。神という「虚構」の存在(と言い切ってしまって差し支えないだろう)に操られる形で、彼等は聖戦という「虚構」をテロという「現実」にすり替えたのだ。そしてまるであのツインタワーのように、僕達があの事件の前まで抱いていた「現実」認識は突然の攻撃で土台から崩されてしまった。あの燃え盛るペンタゴンと爆発するツインタワーという「日常」の裂け目から、「戦争」という「非日常」が噴き出してくるのを、あの日全世界が目にしたのだ。 そう、僕達は今や「虚構」を「現実」として生きなければならなくなったのである。 こうして、僕達の平和な「日常」は破壊されてしまった。勿論、かの国の人々のダメージはさらに大きい。しかし、言うまでもないことだが、おそらく夥しい数になるであろうあの事件の犠牲者こそ、それまでの「日常」を突然、劇的かつ暴力的に永遠に奪われた人達である。そこで流された血は、紛れもなく「現実」のものだ。そして、多くの命が失われた事実もまた、冷徹なる「現実」である。あのテロの作戦を立て、その実行のために訓練を行っている時、彼等の頭の中にはその生身の人間が生きる「現実」が見えなくなっていたのではないか。そして今、報復のための軍事行動の作戦を練るアメリカ政府と、それを熱烈に支持するアメリカ国民もまた、同じ状況に陥りつつあるように思えてならない。 「虚構」という「現実」を生きる人間には、この大きな落とし穴が見えなくなってしまう。これこそが「戦争」という「非日常」の恐るべき「現実」なのだ。 (この話は次回も続く。)
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