思考過多の記録
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2001年07月21日(土) 「ならず者」は誰だ?

 このところ唯一の超大国・アメリカの態度がおかしい。地球温暖化防止のための「京都議定書」からの離脱をほのめかしたかと思えば、CTBT(包括的核実験禁止条約)の枠組みを無視してミサイル防衛構想を推し進めようとする。自国の利益の最優先がみえみえである。クリントン政権の頃は、まだ「世界の警察」たるアメリカが自国の利益をある程度犠牲にしても世界全体のために行動しようという姿勢が見えた。しかし、ブッシュ政権になってからは、まるでどこかの役所の役人か大臣が自分の省庁の既得権益を擁護するのに躍起になっているみたいに、世界全体の中で自国の取り分を出来るだけ多く確保することだけ考えているかのような言動と政策が目立つようになった。
 特に、京都議定書に対する態度は問題である。アメリカは世界一の二酸化炭素の排出国である。つまり、世界で最も地球温暖化の原因を作っている当事者であり、それだけ世界の他の国々に迷惑をかけている存在なのだ。そのことを考えれば、「自国の国民と経済を傷つけるような内容は認められない」などとは口が裂けても言えない筈だ。もしアメリカでなければ、今頃は袋叩きにあっているだろう。
 地球温暖化の問題は全世界に関わることであり、みんなが等しく犠牲を払って取り組むことが必要だ。二酸化炭素の排出量を減らそうと思えば、工業の生産量を減らさなければならないだろうし、そのための設備を作るにはコストもかかる。景気の悪いこの時期に、本当はどの国もやりたくはないだろう。しかし、敢えてそれをやらなければ、それも一刻も早く取り組まなければ、地球の温度は確実に上昇していき、それは海面の上昇や大きな環境の変化を促進させる。それを避けるために各国は知恵を出し合い、少しずつ譲歩し合って、何とか折り合える約束事と目標を決めて、それに向けて努力しようという方向で漸くまとまりつつあるのだ。これはどこか1つの国が頑張れば何とかなるという問題ではなく、本当にみんなで力を合わせなければ目標は達成できない。自国の利益に都合がよい条件にしなければ取り決めから抜けるというアメリカの主張は、エゴイズム(自己チュー)の誹りを免れず、最悪の孤立主義的態度と言わざるを得ない。人類だけではなく、全地球上の全ての生きとし生けるものの未来に対する挑戦であると言っても過言ではないだろう。もしこの議定書が最終的に破棄され、それによって将来大きな問題が起こった時、現在のアメリカ政府の政策決定責任者達は責任が取れるのだろうか。勿論、そうなってからでは全くの手遅れなのである(もう既に手遅れになりつつあるが)。
 彼等は何か勘違いをしているようである。世界一の超大国であるということは、世界のリーダーであるということだ。だから、何でも自分達の思い通りに物事を決め、それを世界の他の国々に呑ませることが出来るし、そうしていいのだと思い込んでいるようだ。だが、そうではない。世界のリーダーとは、世界のあり方や方向性に対して、つまりは全世界の人々の現在と将来に対して責任を持つということなのである。国務長官=外務大臣という、もし他の国ならその傲慢さを非難されてもおかしくはない政府の仕組みを持っているのは、良くも悪くもアメリカ政府のそうした責任感の表れであろう。事実、アメリカの方針のおかげで世界がいい方向に進んだこともあったのだ。そしてその場合、先にも書いたが大抵はアメリカが自国の利益を犠牲にして、世界全体のことを重視した決断を下している(それでも、国益半分理念半分といったところだろうか)。繰り返しになるが、アメリカが世界で唯一の超大国であり、世界のリーダーを自任するのなら、その責任に鑑みて、常に自国の利益を後回しに考えることは義務であるとさえ言えるだろう。
 ミサイル防衛構想の必要性を説いてブッシュ大統領は、「ならず者国家からアメリカ国民を守るためだ」という趣旨の説明をしている。彼がどの国を念頭に置いているのかはよく理解できる。しかし、僕に言わせれば、当のアメリカこそ今や世界最大の「ならず者国家」である。まるで大きな駄々っ子のような態度は滑稽でさえあるが、それがアメリカなだけに笑ってばかりもいられない。第2次世界大戦前夜の頃のような思考回路を持つあの政府に早く理性を取り戻させねば、世界は本当に危険な方向に進んでいくことになりかねない。
 そんなアメリカがどんなに他の国から非難されていようと、常に肩を持つことしか知らず、独自の思想も責任感も皆無である日本外交には、殆ど失笑を禁じ得ない。しかし、それが自分の国だけに笑ってばかりもいられず、情けない気持ちにさせられるのは僕だけだろうか。


hajime |MAILHomePage

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