思考過多の記録
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“変人”内閣が成立して、ほぼ1週間がたつ。僕はこの内閣や首相自身を手放しで賞賛するものではないし、ましてや首相が所属するかの利権集団(=自民党)を支持するわけもない。この内閣の誕生が自民党の再生や変革をストレートに意味しているわけではない。この点について目眩ましをされている有権者は結構多いようで、その楽天性には驚かされる。しかし、それについては項を改めよう。ここまで述べてきたようなことを前提にしても、なお僕はこの内閣の誕生に、ある種の感慨を感じざるを得ない。それは、自民党が変わったというより、時代(または状況)が変わったということに対してである。 マスコミで何度も紹介されているが、現首相は過去2回総裁選挙に出馬している。その1回目は、今回も対立候補となったあのポマードのおじさんが相手だった。そして、2回目は“お陀仏さん”と元首相の娘から揶揄された例の“凡人”を相手にした。彼は毎回「変革」を掲げていたが、いずれも派閥力学の前に大差で敗れ去っていた。ポマードおじさんが率いる最大派閥は、もうかなり前から数の力を頼んで首相や政権党を意のままに操り、自分達の選挙区を中心に既得権に群がるゼネコン等の集団に税金をばらまくことで肥太り、国勢を私していた。そうこうしているうちに、国の借金は膨らみ、銀行は不良債権を抱え、にっちもさっちもいかなくなってしまったのだ。このままではこの国自体が破産するというのに、彼等は相変わらずばらまき型で自分達の権力を維持することに汲々としていた。だが、それももはや限界だと、国民の多くが気付いてしまった。その結果、これまでの派閥の締め付けという組織型選挙の手法が自民党員の間でさえ通用しなくなり、機を見るに敏なあの政党の議員達のおかげもあって、今度は「変革」を掲げた“変人”がポマードに圧勝することになったのである。つまり、この何年かで、彼と最大派閥とは立場が全く逆転してしまったのである。 このような例は、特にこの数年よく見かける。隣国の韓国の金大中大統領も、その昔は反体制運動のシンボル的存在で、何度も時の権力によって身柄を拘束され、抹殺されそうにさえなったのである。彼が今や国を治める立場になっているのは、勿論彼が変節した結果ではない。年を経て少しは柔軟になったとはいえ、彼の政治的信条は変わるところはなかった。時代が動き、彼を国の指導者として必要とする状況が訪れたからに他ならない。また南アのマンデラ前大統領も、黒人解放運動の指導者として活躍し、当然のように白人政権から睨まれて、かなりの長期間にわたって獄中生活を余儀なくされた。国際社会の目がなければ、彼もまた権力によって葬り去られてもおかしくはなかった。それが一転して、あの国の多数派である黒人の指導者ということで、国のリーダーである大統領に選出されたのである。また、その功績はノーベル平和賞受賞という形で、国際社会によって讃えられることにもなった。黒人というだけで虐げられ、白人政権による黒人の虐殺事件さえ起きていたかの国の状況は、内外からの批判にもはや耐えられなくなっていたのだ。もう少しさかのぼれば、あれ程頑強に東西を分かっていたベルリンの壁の崩壊に象徴される冷戦構造の終焉がある。その他、この手の話は人類史上枚挙に暇がない。 これらに共通することは、それまで盤石で絶対に変化する事などあり得ないと思われていた構造が、あるきっかけで崩れ去り、それまで舞台の隅に追いやられていた人々を主役の座に押し上げるという状況である。変化は劇的で、ある日突然起こったようにも見えるが、実はそうではない。まるで地殻変動のように、表面から見えにくいところで変化はじわじわと進行している場合が殆どだ。そして、何かが引き金になってそれが大きなうねりとなり、構造を一気に変えてしまう。それまでの支配者は、あっという間にその座を追われ、捕らえられて裁かれ、場合によっては国を追われさえする。暴力的な革命や軍事クーデターの類ではないこうした変化は、それまで支配的であり、絶対に揺るがないかに見えた旧体制(アンシャンレジーム)が、内外の様々な要因からそのままの状態では維持され得ない状態になり、まさに外見だけ立派で中は腐り果てて空洞化していることから生じるのだ。そして、おそらくそれはどんなものにも起こりうる事態なのである。 この世に常なるものはない。そして、明けない夜はない。盛者必衰の理である。今自分が少数派だったり世の主流とは違っていたりしても、いつかは風向きが変わり、流れが変わって、自分のいる場所が中心になるかも知れないのだ。自分の信条を捨て、現在の主流派・多数派にすり寄ることは、案外世渡り上手な生き方ではないのかも知れない。だから、常に自分のいる場所を確かめ、自分の思想・信条・世界観を確固として持つことが大切である。おそらくそれが自分にとっての唯一の羅針盤となろう。間違っても、(前)首相を批判することで自分達の点数が半永久的に稼げるという皮算用が外れて、風向きの変化に慌てふためいている野党のような醜態を演じないようにしなければなるまい。そして、世の中は移ろう。「変革」を唱え、旧体制の打破を旗印に首相の座に就いた‘変人’氏も、いつかは自分自身が作り出した流れに飲み込まれるだろう。その大きなうねりの引き金を引いた人物として彼の名が歴史に残ることが、彼に与えられる最後にして最高の名誉である。 では、最終的に、この変化の流れはどこに向かっていくのか?その答えは、風の中である。
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