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■ 引き金を引く物語、交差する物語��
５．サラ王女
実は、前作のクロノトリガーの段階で、堀井氏のストーリープロットと加藤氏のシナリオの違いが明確に線引きできる場面がある。
それは、古代王国編である。堀井氏の初期のプロットには、この古代王国編が存在しなかったと思われるのだ。
古代王国編のシナリオと他のシナリオの違いを分かりやすいところで言えば、まず、古代王国編にだけ主人公がいないことがあげられる。
原始編 ・エイラ
古代王国編・なし
中世編 ・カエル、魔王
現代編 ・クロノ、マール、ルッカ
未来編 ・ロボ
鳥山氏のイラストがないのも古代王国編だけである。使用キャラクターだけでなくＮＰＣに関しても一枚のイラストもない。
また、ストーリーを通底する絶対悪であるはずの「ラヴォス」が、この時代においてだけは単なる「災い」として描かれていない。
そして最大の違いは、この時代の物語だけは、ハッピーエンドを迎えないのだ。
ラヴォスの力を宿した魔神器を使って王国の繁栄を図ろうとする女王。そのための生贄にされる王女サラ。そしてクロノたちは…その悲劇を止められない。
サラは時空の狭間に消え、３賢者は異なる時間に飛ばされる。サラの弟ジャキは復讐を誓って魔王と化す…。
誰も幸福になれない。誰も救われない。
それが古代王国編のストーリーである。
これは、他の時代の堀井氏の物語とは明らかに雰囲気が違う。実際に、この時代は最後に作られた…加藤氏の手によるシナリオなのだ。
そして、この救われなかったサラ王女こそが、クロスのキーパーソンなのである。
６．受難のセルジュ
クロスの主人公はセルジュという。前作の主人公たちとはまったく繋がりがない。続編の主人公としては異色である。
彼のたどる運命を一言でいえば「受難」だ。
何しろ、ちょっと出かけて帰ってきたら、幼馴染に「お前は死んだはず」と言われ、自分の墓まで作られているのだ。
それだけではなく、ストーリーの中盤ではヤマネコという敵（フェイトの化身である）に肉体と精神を交換され、かつての仲間にも仲間と認めてもらえず、世界を流離う羽目になる。
セルジュが不幸なのは、これが「因果応報」ではないところだろう。
彼は次々と酷い目に遭うのだが、別にそれは彼が何かをしたせいではない。自分の責任でもないのに何故こんな目に遭うのか。
これが、プレイヤーの贖罪の物語だからだ。セルジュに心当たりがなくとも、彼の身に起こる出来事には「プレイヤーに心当たりがある」はずだ。
そもそもの発端は…時空の狭間に飲み込まれようとしているサラが、溺れかけているセルジュの姿を「時空を越えて」見かけたことにある。彼女は滅び行く自分の力を振り絞って赤ん坊のセルジュを助けた。
しかし、時間の流れに介入しているクロノたちの影響を受け、世界は「セルジュが助かった世界」と「セルジュが助からなかった世界」に分岐してしまう（その境目はサラ王女がセルジュに接触したオパーサの浜辺に存在する）。
サラ王女の「セルジュを助けたい」という想いは、時空の狭間に飲み込まれる直前の彼女の「分身」を生み出した。それはかつて彼女が出会った、快活で闊達な金髪の少女──つまり、マールのことだ──の姿を取ってこの世界に現れる。
それがクロスのヒロイン、キッドだ。
だからキッドは前向きで活発で、セルジュをいつも引っ張っていくようでありながら、ストーリーの要所要所でフェイトに従う素振りを見せたり、暗い一面を見せたりする。
それは時の狭間で永劫の責め苦を受け続ける「救われなかったサラ王女」としての一面だ。
クロノクロスは「助けられなかったサラ王女の救済の物語」でもある。
７．フェイト
では、クロノたちを亡き物にし、セルジュをつけ狙う「フェイト」の目的とは何か。
前述の通り、フェイトの正体はルッカがロボを元に作り上げた人工知能である。
「本来の未来」におけるマザーブレインは、荒廃した世界を行き抜くために生み出された管理コンピュータであった。では、その滅びの運命から逃れた「歴史改変後の未来」における、フェイトの役割とは何か。
それは「凍てついた炎」の管理である。「凍てついた炎」こそ、姿を変えた魔神器であり、ラヴォスの力の一部だ。
恐らく、ラヴォスと戦ったルッカは、ラヴォスの持つ力の危険性を知っており…また、同時に、ラヴォスのもたらす力なくして、人類がその文明を維持できないことも知っていた。
だから「凍てついた炎」を管理する存在を作り出し、そしてそれに、かつてともに戦った、信頼するロボの思考回路を組み込んだのだろう。
しかし、本来の未来においてマザーブレインが狂ったように、改変後の未来においても、フェイトは狂った。しかもそれは、マザーブレインのように分かりやすい形ではない。
「私はこんなにもお前たちを愛している…だから時折、お前たちを滅茶苦茶にしてやりたくなるのだよ…！」
この台詞からも、フェイトの狂気が窺える。なぜフェイトが狂ったのか、作中では明確に述べられないが、クロノトリガーをプレイした「プレイヤーには心当たりがあるはずだ」。
フェイトとは、人類を憎み滅ぼそうとしたマザーブレインが形を変えたものに他ならない。しかもフェイトには、本来「存在する理由がない」。
ルッカが新しい役割を与えたとはいえ、フェイトは元は「存在しない未来」に属していたのだから。
フェイトがクロノたちを殺したとすれば、それは矛盾する狂気の現れであり、また「自分を知る存在の抹殺」という点でも重要な意味を持つ。マザーブレインの側面から見れば、自分を滅ぼすかもしれないクロノたちを葬り去るのは至極当然と言える。
ではセルジュはなぜフェイトに狙われたのか。
凍てついた炎…魔神器の力にアクセスし、利用できる人間、その素質を持つ人間がいる。
一人はサラ王女だ。彼女はその力を持っていたからこそ、母親であるジール女王の儀式の犠牲になった。
そして時空の狭間に引きずり込まれ、死にかけたセルジュを助けた時、セルジュもまた「凍てついた炎」に触れ、これにアクセスできる人間、調停者となった…本人もまったく知らぬ間に。
フェイトがセルジュの肉体を手に入れようとした理由。それはフェイト自身が凍てついた炎の力を手にするためだ。
それを手に入れてどうしようというのではない。フェイトは凍てついた炎を管理するために生まれた存在なのだから。これもある種、マザーブレインと同様「暴走」の結果といえなくもないだろう。
フェイトに肉体を奪われ、姿も変わり果て、かつての仲間にすら信じてもらえないという窮地にあって、たった一人セルジュの味方をしたのがツクヨミである。
８．ツクヨミ
ツクヨミは、異形の少女である。オープニングムービーでの登場シーンもかなり目立つ。顔を真っ白に塗ったクラウン（道化師）のようば風貌で、あからさまに怪しい言動を繰り返す。しかも、最初の立ち位置はセルジュの宿敵、ヤマネコの相棒だ。
ところが…。
セルジュがその肉体を奪われた辺りから、妙なことになってくる。宿敵ヤマネコの肉体に閉じ込められたセルジュのことを「ヤマネコ」と呼び、「自分は何があってもヤマネコの味方だ」と言って、セルジュを助けるのである。
よく考えるとこれは変だ。
ツクヨミの目的がフェイトを助けることなら、セルジュの肉体に宿ったフェイト＝ヤマネコ、つまりダークセルジュの後をついていかなくてはおかしい。なのにひたすらヤマネコの姿をしたセルジュを助けるのである。
途中でセルジュを裏切りダークセルジュの下に走ったりもしない。ただストーリーの終盤で、悲しげにセルジュの下を去っていくだけである。
この不可解な行動の訳は、ツクヨミの正体にある、
ツクヨミは、竜人が「もしかしたら存在したかもしれない未来」で生み出した──そう、人類がマザーブレインを生み出したように──生体兵器、龍神の一体、「月龍」なのだ。
他の龍神があからさまにドラゴンの外見をしているのに比べ、月龍は一見すると戦闘用の外見ではない。実際、戦闘になることもない。…それは恐らく、月龍が情報収集用のユニットだからだ。そう考えると、なぜツクヨミがフェイトの側にいたのかわかる。
「凍てついた炎」の管理者であるフェイトの監視。それがツクヨミの本来の目的ではないかと思われる。ならば途中から、セルジュを助けるようになるのはなぜなのか？
2008年03月25日(火)
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