日記...マママ

 

 

「あたし彼女」感想、運動会のダンスと組み体操 - 2008年09月28日(日)

「おもしろかった」とは書いたけどそれは少女マンガを読んだ後に感じるおもしろさであって、「小説」と言っても他に言いようがないからそう呼んでいるだけであって一般的な「小説」の概念からはやはりほど遠い、とは言わざるを得ないよね。


教え子の小学校に運動会を観に行った。
見つけて声をかけると、どの子も驚きと戸惑いのあまり固まってしまっていた。わたしの顔は教室の一部として彼らの頭にインプットされているようで、だから教室以外の場所でわたしを見ると激しく混乱するのだろう。

教え子たちの踊りやかけっこは非常に楽しかった。
が、あえてここで書きたいのが6年生のダンスのことである。
うちの教室には、この小学校の6年生はひとりもいない。つまり、ダンスの中に知っている子はひとりもいないわけである。


もうこれが絵に描いたような「6年間の集大成」って感じの発表で、ボンボンを持ったダンスをして、組体操をして、その後はパラパラを踊った。ひとつひとつの動作が鮮やかなほどに機敏だ。神妙な面持ちで粛々とプログラムをこなしてゆく6年生。

自分の中に沸き起こる感情に違和感を抱いたのが組体操を見ていたときで、わたしは気がつけば、もう少しで涙をこぼしてしまうところだったのだ。
こっ恥ずかしさでいっぱいになりながら適当にごまかしたが、一体これはどうしたことか。わたしは彼らと何の関わりもない人間だ。そりゃ「さすがにちゃんとしてて、お兄ちゃんお姉ちゃんだなあ」とは思うが、小さかったころの彼らも知らないし、とにかく今日初めて出会った集団である。ということは、構成員ではなく全体の雰囲気から何かを感じ取っているのだ。自分の小学生のころと重ね合わせているのかしら、とそこまで考えて、ああ、と思い出した。彼らがやっていたような学年全員でのウェーブを、わたしたちもやったんだ。放送の女の子がしきりに「卒業まであと半年」とか、卒業ということばを前面に出したナレーションを入れている。そうか、これは卒業を控えた彼らの集大成なんだ。わたしは、卒業式で泣いたことがない。周りの子が号泣するので雰囲気に同化してみたくて懸命に泣いたふりをしたりしてみたこともあるが、本当に泣いたことはなかった。金八先生は「卒業っていうのは卒業式の日にするもんじゃなくて、その10年後、20年後に教え子がふとしたことで『ああ、あのとき先生が言っていたのはこういうことだったのか』と理解すること、それこそが本当の卒業なんですよ」と言ったらしいが、わたしは最近、本当に最近になってやっと学校を卒業したのではないかと思う。卒業とはひとつの区切り、ひとつの決別であるが、わたしは本当の意味で区切りをつけていたか?そこから新たな段階に進もうとしていたか?つまり、モラトリアムの終焉だ。わたしの中で、モラトリアムは終わっていたか?そうだ。今こうしてやっと、終わりかけている。今やっと、わたしは学生から社会人になろうとしているのだ。卒業おめでとう。あー、わたしは卒業したんだ。そうだ。うれしいんだ。おめでとう。おめでとう。卒業、おめでとう。


シンジ君みたいだね。




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