日記...マママ

 

 

再考「脂肪と言う名の服を着て」 - 2008年05月06日(火)

ただ黙々とフリーセルを行う。
今日は午後から水泳に行き、サウナに入って帰ってきた。
ぽかぽかと暖まったけだるい体で無心にフリーセルに没頭する。
こうして「何も考えない」というひとときは、至福のひとときなのである。
そうしてだんだんと不安になってくる。
何か大切なことを忘れているのではないか。

「脂肪と言う名の服を着て」の脇役である千夏に注目してみたいと思う。
千夏は、昼間はそつなく仕事をこなし、身だしなみにはきちんと気を配り、ショッピングと合コンが日々の楽しみというどこにでもいる平凡なOL。

デブで鈍くてとろくて何をやってもダメな主人公「のこ」は、職場髄一の才色兼備の同僚「マユミ」に陰湿ないじめを受ける。一見対照的なふたりだが、実はふたりとも「美しい・スタイルがよい=善」「醜い・スタイルが悪い=悪」というような、マスメディアなどの影響であろう単純な二元的価値観の下に立っている。ふたりはともに「美」を至上命題とする価値観に縛られて身動きの取れなくなっているという意味でまったく同じ存在である、とも言える。

そこから少し離れた地点にいるのが、いじめの傍観者である同僚の千夏である。平凡な千夏は価値観も平凡で、「マユミ」や「のこ」のような、どちらかの極にぶっちぎれるようなものを持っていない。
物語の序盤で千夏は「マユミ」とも「のこ」とも同僚としてうまくいっている。仕事帰りにいっしょに飲みに行ったりする。いじめが始まってからはマユミ側につき、千夏と「のこ」との人間的な関わりは途切れてゆく。「のこ」はマユミの陰謀で、千夏の仕事上のミスの責任を全面的になすりつけられ、部署を追われる。それからは、千夏がマユミのストレスの捌け口となる。件の負い目があり、なすすべもない千夏。一時期は会社も休みがちになり、社会生活さえ危ぶまれる状況にまで追い詰められる。

結局、マユミのいじめや陰湿な画策が明るみに出ることとなり、千夏は無事会社に復帰するのだが、問題なのはその後だ。

いろいろあって拒食症になって入院した「のこ」を、千夏はもうひとりの同僚とともに見舞いに行き「マユミ、捕まったよ」と報告する。もう何もかもどうでもいいかのように「そう…」と力なくうなづくだけの「のこ」。
そして病院を出るなり、千夏たちの間でこのようなやり取りが交わされる。

「見た!?あの手!木の枝みたい!」
「こえー!インパクトつえー!」
「あたしダイエットやめよー!」
「今からケーキバイキングとか行く?」
「キャー!行く行く!」

何度読んでも、ここでわたしは、うーん、とうなってしまうのです。

今回の一連のごたごたで、かつての同僚のうちひとりは拒食症で入院し、ひとりは逮捕された。
しかしそれらは結局、千夏の中では「何も起こっていない」に等しいのだ。
千夏は、かつてさまざまなかたちで人間的な関わりを持っていたはずの「のこ」にも「マユミ」にも、同情とか軽蔑とか嫌悪とか怒りとか恨みとか、そういった情緒的関心を何ら寄せていないのである。
たとえばテレビなどで見ず知らずの拒食症の人を追ったドキュメンタリーを見たかのような、千夏の反応はその程度の濃度しかないのだ。

ここは物語の進行上なくてもまったく支障のないシーンである。しかしわたしは、このワンシーンが何だかものすごく重要な示唆を含んでいる気がしてしかたない。
社会にすんなりと適応しきっている「普通の人」が時折見せる、無自覚で無慈悲な無関心。





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