川本真琴 - 2007年11月01日(木) 10年経った今聴いてもなお魅力的。 「DNA」は高揚感のあるせつなさが印象的だが、何はなくともいちばんは「愛の才能」に決まっている。 川本真琴と言えば岡村靖幸というイメージが強いのだが、岡村靖幸が直接手がけている曲は実はあまりない。「愛の才能」はその点ではばっちりだと思う。上の弟(当時中学生)は、この曲で川本真琴に骨抜きにされたらしく、お年玉貯金をおろしてアルバムを買ったり、ファンクラブに入ったり、なんだか大変そうだった。「♪今夜バシッと実感させて Wow!(←短くシャウトしている。表記の仕方がわからん)」のところがたまらないのだそうだ。Mステに出てたときなど「あぁああぁもおおお、かわいいいいいーーー!!!!抱きしめたい!!」とかってものすごい勢いで悶えていた。その影響でわたしも聴き始めたのだが、確かに川本真琴はいい。なんかこの人はちがうな、と、漠然と思った。「DNA」と並ぶ代表作の「1/2」と、あとはアルバム曲の「焼きそばパン」なども秀作なのではないか。なんか偉そうだなわたし。 なぜ突然川本真琴かというと、こないだ陽一君とツタヤに行ったときに偶然ワゴンセールで見かけたのだ。上記のアルバム「川本真琴」がいくらかというと100円だった。川本真琴が100円。世も末だ。いやほんとに、世も末だ。だってあんたこれ、上の曲全部入ってるんだよ。ほぼベスト盤だよ。(と言うと本人に失礼だけど。)それが100円て。 3枚ぐらいあったので全部買おうかと一瞬思ったが、それはそれでアホらしいので普通に1枚手に取ってレジへ。 レジの人は最初、よう見もせんで普通にバーコードを読み取った。2625円。 これはさすがに違うとわかったらしく、手入力で打ち直す。500円。「500円になります。」 いやいやいや。 表に思いっきり値札貼ってあるじゃない。100円て。 べつに500円でも買っていたと思うけれど、500円でも十分に得な買い物だと思うけれど、でも一応 「100円じゃないんですか?」 と値札を指差しながら問いかけてみる。 「あっ」とか言いながら、今気がつきました、というような表情を見せる店員。 こんな目立つところに貼ってあるのに、なんで気づかないんだろう…、と思った。 「すみませんね、値段のデータがきちんとこっちに入ってないみたいで…」 そんなバイト気分全開の答えは求めてない。 まあとにかく再度打ち直してもらい、100円玉1枚と引き換えに、弟所有のものとは別に、自分用の川本真琴のアルバムを買ったのだった。 すこし前のことなのだけど、なんだか書くのを忘れ続けていて、やっと今日書き残しておくことができた。 今日の母の教室の手伝いは恙無く終わった。 夕方いっぺんに押し寄せてくる部活帰り組の子どもたちを任されているのだけど、こいつらがなにしろ部活帰りなものだからテンションが高く、しかもまあ、言ってしまえばあまりお行儀のよいほうでもなく、統率を取るのに非常に苦労する。 今日はそれがうまくいったので、ほっとした。 ほっとした、ということは、次もうまくいくかどうかはわからない、ということでもある。 このやり方はものすごく些細なことで壊れてしまう可能性を孕んでいて、まるで綱渡りのようだと思う。対処のバリエーションを増やして、どんな状況にも臨機応変に対応できる指導者になっていきたい。そのための修行の場だと思おう。 勉強ができない分、ほかのことで補完するというのはとてもよいことだと思う。人には向き不向きがある。勉強ができないからと言って全否定されるようなことはあってはならない。 けれど、勉強とほかのことを同列に並べ、取捨選択していくという考え方はどうか。 それは危険だ。 勉強ができなくても確かに全否定されるいわれはないけれども、しかし、勉強はほかの、たとえば部活とかクラブ活動とか生徒会とか、そういうものより優先度の高いものであるべきだと思う。 ということがこの子たちにはわかってるのかどうか。 すこし気にかかる。 君らは将来、プロのスポーツ選手になるわけじゃないのだから。 アグレッシブに動くということをだんだん好むようになっているように思う。 前へ前へ。 やりたいことをやれるようになってきているのだ。たぶん。 身体よめざめよ。 たとえば、夜中に月末処理を一気に片付けようとしたら、ほんとに片付けることができちゃった、みたいな。 やるじゃん。わたし。 陽一君からおもしろいサイトを教えてもらった。 「悪人正機」とか言い出す援交女子高生が笑える。 「悪人正機」ということばの、あまりにベタなご都合主義的解釈。 いいねいいね。 -
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