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2008年01月09日(水)
いつも笑顔でニコニコで

こんばんわ。きょうも本当にポカポカの陽気でした。昼食を買いに、出かけたとき、都心中心部は春?って勘違いしてしまったもの。ビル群は黄砂のようにかすんでいたけれど。この暖かさ、あしたまでですよ。ハンドボールの五輪アジア予選のやり直し拒否する中東の国々に、喝!を入れたいコバルトです。きょうも3つの文章で書いていきます。メトロポリタンカメラも更新しました。どうぞお付き合いくださいませ・・・♪



<いつも笑顔でニコニコで>

自分がニコニコの笑顔じゃないと、幸せは来ません!これ、私の持論。
だから、できるだけ自分は笑顔で過ごすことを意識しています。もちろん!出会う人を笑顔に出来るようにって、必ず思うのだけれどね。ささやかなことでも。たとえば、定食屋のおやじさんには、「おいしかったです」レジの人にも「ありがとう」、バスの運転手さんにも「ありがとう」と、スマイル!こういう小さいことも、しっかり心がけていたいと、思うんですよ。もちん、家族、同僚、友人は当たり前で・・・いつも笑顔で、おだやかに。ありがとうという言葉を添えて。そうしたら、「自分はみんなによって生かされている」ってことを、その都度感じることが出来るから。


「ありがとうを多くいうと、ストレスが少なくなる」
これは、斉藤茂太先生の著書の中の言葉。本当にそうですよね。まずは感謝の気持ちを表すことは、自分を守ることになるってことです。みなさんも、そう思いません??


笑顔でいれば、自然といい顔になっていく。美人になったり、やさしい顔になったりするものだもの。うん。一番の美顔術は「ニコニコ」でいることです。でも、悲しいときは、思い切り泣けばいいんです。愚痴も言えばいいんです。要は「自分に無理しないように」いつも人に言う言葉だけど、いまは自分に言い聞かせているんですね。うん。まずは、こころが健康でなくては、なにもはじまりません。

みなさんも、笑顔、忘れてませんか?
笑顔ってね、意外ととすぐ消えてしまう。だから笑顔は絶やさないほうがいい。愛しい人の笑顔は、ずっと消えず、自らのこころを、どんなときでも温めてくれるはずですもの。



<七草がゆをおなかいっぱい>

ここ、調子が悪いのもあって、数日間、七草粥ばかり食べている。胃に本当にやさしいもの。お正月だからといって、特段豪華なものをたくさん食べたわけでもないので、胃もたれもないのだが(笑)ドクターコパさんの本を読んでいると、日本の恒例行事を、きちんと行うことが、運気を大幅に上げる。生活の、当たり前のことをきちんとすることなんですよね。やはり。その意見、同感。私も行事好きな人なので特に。そういえば、モノを捨てることも、風水ではよく言われるけれど、これも当たり前のこと。昨年末、自室のいらないものは捨てに捨て、無駄なものがなくなった。その代わり、干支の置物をきちんと東側においてたりしてる。七草粥も、そういう、運気をUPさせる意識でも食べています(風水ってそこまで信じているわけではないけれど、やらないよりはいいだろうくらいの意識)


明日も3つの文書を書いていきます(なるべく夜9時に間に合わせます。来週は食事とかいくつか予定があったりしますので、遅くなるかも)あすの内容は、やさしさと恋について、友人について、そしてもう1テーマ。おだやかに明るく書いていきますぜ♪この日記への感想がありましたら、お気軽にどうぞ。

きょうも、ありがとうございました
あしたも、みなさんにとって、やさしい時間が流れていきますように・・・
こころから、願っています。
さて、この後は、おまけの日記です。
よかったらどうぞ↓


<家族へ>

私は、父や母を、どちらかとえいば好きではない。
ひとりの人間として捕らえたとき、もし親でなかったら、きっと付き合わない人間のような気がする(笑)と書くと、とんでもない人のように想うが、そうではなくて・・・

小さいときはなついていた。ただ、いろんな面を見て、子供心に影響を受けた面もあるし。とにかく、父も母も、人の話はあまり聞かないし、こと子供のことを理解しようという姿勢は、そこまでない人だった だから、家族旅行などほとんどなく、一家で食事することもまったくなく。でも、どこか慎ましく、派手なことが嫌いで。 社会のルールに反することに対しては、本当に厳しかった。ただ、どういう人であっても、親であることは変わりない
言葉はきちんと交わさないけれど、本当は、感謝の念をとても感じている。


幼い頃から、引越しすること10回以上。短いときは1週間、長くて2年。
そのたび、荷造りし、友達と別れ、知らない土地へ行く。そのストレスは、多感な子供のころだからこそ、計り知れなかった。(父は治安を守る職種の公務員だったので、転勤は日常茶飯事だった)いまの自分を形成するのに、悪い部分で、多分に影響したことは間違いない。幼なじみというものも存在しないし。寂しがりやなのも、そこから来ているのかもしれない。その引越しのことを、母は、いまでも私に詫びることがある。本当にすまなかったと。 そのとき、感じるのは、その苦労は、父も母も、相当しているに違いない。だから責められないのです

生きた言葉を日ごろ、交わすことがない家族であっても、その裏では、各々いろんなものが存在する。感謝の気持ち、わびる気持ち、後悔の気持ち。きっといつか、それらを、たくさん言葉として出るときが、いずれやってくるでしょう。


私は、両親のような親にはなりたくない。とくに、父は、父親としての尊敬は残念ながらしていない。ただ、仕事に対しての、ひたむきさに関しては、誰よりも尊敬しているのです。これも言葉にすること、この先あるかもしれないけれど

家族を顧みず、仕事に打ち込む。こと、自分勝手で、短気で。人間としては、どうなのかと疑うところはある。僕が小さいときから、「この人」のようになってはいけないと、堅く誓ったものです。だからって、父には、感謝の念も強いのです。

両親も、もう年老いて、人間が丸くなってしまった。あんなにも厳しかった父も、私には、何も言わなくなった。私が仕事疲れで、帰宅してすぐソファーで寝ていても、父はなにも言わない。(「これから先、おまえに面倒を見てもらおうと思わん、だからお前はひとりしっかりやれ」」が、最近の唯一の口癖)何もいわないのが、せめてもの、家族への償いなのかもしれない。

そして、親に苦労かけさせ、心配させた、親不孝モノの僕は、これから先、何かの形で、この父と母に、お返ししなくてはならない。



時間は、あっという間に過ぎていく
人生も、あっという間なのです。

ならば、本当に愛し合った伴侶と子供に囲まれて、ささやかでも家族を築いて、穏やかに、当たり前のことを生きたいと、心から思う。要は、そういう相手が、いそうでいないということだけどね(笑) ただ、いますぐでも、ホントそうしたいものです

でも、正直なところ、私は、結婚しないかもしれません。それならそれが、宿命だと想うのです。人生は、自然な流れというのもあるから。
でも、両親の感謝の気持ちは、忘れずにいたい。こうした感謝の気持ちをもてないと、たとえ、仮に自分が親になったとして、同じように子供や妻に感謝されない父親に、そして家族になりそうな気がするから。それはやはり、悲しい。

一度、離れてしまったこころや絆は、元に戻すことは難しいのだから

以上、おまけの日記でした(おまけの方が長い!)



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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