橋本裕の日記
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2007年09月26日(水) 人々を幸せにする経済学

森永卓郎さんの「あなたを幸せにする経済学」(実業之日本社)によると、日銀が発行した紙幣で現在流通している現金は、58兆円ほどらしい。これは国民一人当たり約48万円になる。

4人家族だと、190万円強だ。これだけのお金が各家庭にあるというのだが、かなしいことに我が家にはこの10の1ほどしかない。みんなそんなに金持ちなのだろうか。森永さんもこう書いている。

<190万円のキャッシュを家に置いているという家庭など、私が知るかぎりいません。せいぜい10万円くらいがいいところでしょう。

 それでは残りのお金はどこにあるのでしょうか? 銀行でしょうか? 企業でしょうか? いえ、違います。なぜなら、銀行や企業は、手持ちの現金をそれほど持っていないものだからです。日銀の統計でも、現金の8割は個人が持っていることになっています。

 お金を捨てる人はいませんから、お金は必ずどこかにあるはずです。私は、現金をしこたま溜め込んでいるお金持ちが、相当数いるはずだとにらんでいます>

 日銀がいくら金利を下げても、量的緩和をおこなって、大量の現金を放出しても、なかなか景気は上向かない。その最大の理由がここにある。つまりお金がすぐに隠れてしまうのだ。

 退蔵されたお金は何の役にも立たない。お金は資金として活用されてこそ世の中の役に立つ。森永さんも「お金をいくら供給しても、貯めこまれて使われなければ経済はいっこうによくなりません」という。

 それではなぜ市場に出て行かず、退蔵されてしまうのか。それはデフレによってお金の価値が上がっているからだ。だから使わずに持っていたほうが得である。森永さんはこう書いている。

<お金持ちたちがなぜ、現金を握ったまま手放さないのでしようか。理由はあきらかです。そのほうが有利だからです。彼らがほしいのは、モノやサービスではありません。そんなものはとうに足りています。

彼らが本当にほしいのは株式や不動産です。ところが、この10年間で株価は3分の1、地価は5分の1に下がりました。つまり現金をもっているお金持ちは、現金の価値を10年間で3倍から5倍にしたことになります。お金持ちにとってこんなにおいしいことはありません。だから彼らは、お金を握っているのです。

ところが、日銀がデフレ根絶宣言をして、物価がゆるやかに上がり始めたら、もちろん、彼らは現金を手元に置いたままでいることはありません。物価が上がるというのは、彼らが持っている現金の価値が下がるということです。彼らはケチですから、そんな事態になれば黙っていられなくなります。(略)

 お金持ちにとっては不況が長引いて価格が下がるほど、彼らの資産買占めは効率的に進みます。彼らは構造改革派の経済学者たちを使って、「量的緩和なんて、とんでもない。普通にやっても効果はないし、強い緩和をすればハイパーインフレになってしまう」などと言わせます。

 不況の中で構造改革を推し進めるのですから、当然、株価や地価は下がっていきます。そこで土地や株をしこたま買い占めます。ひととおり買占め終わったら、「ここまで経済が悪化してしまったら、どうしようもない。これは本当によくない手段なのだけれど、最後の手段として量的緩和をしよう」と切り出す。そうすると景気は劇的に回復して、買い占めた資産も劇的に上がる、というシナリオです>

 厚生労働省の「所得再分配調査」の統計を見ると、1984年には、最上位層20パーセントの所得の合計は、最下位層20パーセントの所得の合計の13倍だった。それが2002年にはなんと168倍にまで拡大している。

 この10年間でも、正規雇用者が460万人も減り、これにかわって派遣社員が急増し、いまや3人に一人が非正規雇用になってしまった。厚生労働省の「労働力調査」によると、正社員の平均年収が454万円であるのに対して、派遣社員は204万円だそうだ。そして2005年にはついに生活保護所帯が100万所帯を越えてしまった。これも10年間で倍増している。

 実のところ、GDPはこの5年間で22兆円増加している。これをもって、景気は拡大しているという人がいるが、これはみかけだおしだ。サラリーマンの年収は8年連続で減り続け、雇用者報酬は5年前と比べると5兆円も減少している。そのうえ、5年間で家計部門は5兆円の増税を受け、4兆円の社会保障費負担増を受けている。家計は合計14兆円も手取りが減った。

 上場企業の決算が5年連続で増益になり、企業が株主に支払う配当金は5年で3倍、大企業の役員の一人当たりの報酬は倍増したが、庶民の暮らしは厳しさを増している。

 政府がいくら金利を下げて、お金を市場に放出しても、そのお金は庶民の手元には届かない。それどころか、ますます格差を広げる役割を果たしている、このカラクリを変えなければ、日本社会はますます不平等で、幸福度の劣化した社会になっていくだろう。

もっともデフレ下で、日銀が金利を下げたり、量的緩和をしてもなかなか効果があらわれないのも事実だ。現金は退蔵されるか、あるいはドルに姿を買えて世界のカジノ市場の資金になりかねない。したがって、政府が日銀の金融政策ばかりたよりにして、小手先のマネタリズムでこれを打開しようとするのはまちがっている。

金持ちにいくら金を回しても退蔵するだけだとしたら、そのお金が庶民にまわるような「しくみ」を作るしかない。庶民はお金の使い方を知っている。これで内需が喚起され、本物の景気回復が可能になる。こうした視点で政府は政策を立案すべきだろう。

経済学というのはたんなる理論や理屈ではない。それは「経世済民」であり、私たちの暮らしをよくするための道具であり、処方箋でなければならない。ところがいまアメリカや日本ではやっているのは、「金持ちをよりいっそう金持ちにする経済学」である。

しかし、いま私たちが切実に必要としているのは、多くの人々の暮らしを守り、人々をしあわせにする経済学である。日本の政治家は、そうしたよき経済学からこそ多くを学び、人々のために勇気を持ってこれを実践してほしい。まずは庶民階級の所得を上げ、格差を是正する政策へと方向転換をすることだ。

(今日の一首)

名月を眺めて虫もすだくかな
このひとときは値千金

昨夜は中秋の名月だった。よく晴れた夜空に、満月がうつくしかった。


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