橋本裕の日記
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| 2007年09月11日(火) |
戦争をもたらす格差社会 |
戦争は大きなビジネスである。これにより莫大な利益を得ている人々がいる。しかし、そのような人々は自らは戦場に行かない。それではどうやって自分たちのかわりに人々を兵士にしたてあげて戦場に送ればよいのか。戦争をする国家には、何らかの兵士を生み出すしくみがあるはずである。
その一つは「愛国心教育」である。家族や友人を捨て、敢然と戦場に赴き、国のために勇敢に死ぬのが国民の義務であると教える。日本の場合は愛国の象徴として天皇があった。天皇陛下のためにいつでも死ねるのが立派な国民だとされた。
しかし、この愛国教育による徴兵制度には限界がある。やはり人間は本音では自分の家族や、自分自身が一番可愛いからである。そこで戦争をはじめたい人たちは、建前の愛国教育と並んで、もっと現実的な手段を講じる。それは「戦争が利益を生む」ということを説くのである。そしてマスコミをつかって、国民を戦争へと誘導する。
戦争が庶民にまで利益をもたらすということは、まったくまちがいとはいえない。軍隊はある意味で失業対策の面がある。そして貧しい人たちにとっては、兵役というのは、それはそれで一種の特権的な地位だからだ。貧しい農家にとって二男や三男が兵隊になることは、口減らしでもある。
兵役経験者の中には作家の松本清張さんのように、会社で下積みの労働をしているより、軍隊の生活の方が快適だったという人もいる。私の父も農家の三男坊だったが、農林中学を卒業すると同時に中国大陸に渡り、やがて関東軍の兵士になった。
父の場合は大陸の会社で働いていたときは内地に比べてはるかに高給取りだったし、その後の兵役生活も、中国人や朝鮮人を相手にいばっていればよかったから、さしたる苦労はなかったと言っていた。もっとも敗戦で境遇が一変して、塗炭の苦しみをなめることになった。結局のところ父にとって、戦争は割のあわない厄介な体験になった。
日本は戦争に敗れ、平和憲法のもとに新しく生まれ変わり、この60年間、戦争をしていない。一方で、戦勝国のアメリカは世界中に軍隊を派遣し、数々の戦争をしている。9.11事件以降この数年間だけみても、アメリカ兵がアフガニスタンやイラクで4000人以上死んでいる。
それではどんな人々が兵士となり戦場に赴いているのだろう。その大半は経済的にとても貧しい階層の若者たちだ。アメリカには貧乏な人がたくさんいる。何しろ総人口の12.6パーセントが食うや食わずで、病気になっても医者にいけない貧困層である。そしてこうした貧困層が兵士の供給源になっている。
森永卓郎さんは、「平和に暮らす、戦争しない経済学」(アスペクト出版)のなかで、「ここ何年もアメリカ経済が好調を続けてきたいちばん大きな要因は、イラク戦争なのです。国が財政出動して、税金などのおカネを湯水のように戦費に注ぎ込むわけです」と書いている。もう少し引用してみよう。
<国にとってそれは手痛い財政負担ですが、おカネを受け入れる側の企業にとっては違います。元請の軍事産業から末端の運送会社まで雇用を増やして、さかんに生産活動が行われ、給料もどんどん支払われていきます。そのおカネで人々は消費や投資に走ります。だから、景気を判断するデーターとなる経済指標の数字はよくなります>
しかし、戦争で景気がよくなっても貧しい人々はいる。イラク戦争で戦場に赴いている米軍兵士の年収は平均して1万5千ドル(170万円)にすぎない。これでも彼らは志願して兵士になる。その理由は年収1万ドルにも満たない生活費で家族がぎりぎりの生活をしているからだ。彼らが兵士になる理由は愛国心ではなく家族と自分の生活のためである。
そんな最下層に生きる彼らでも、兵士になれば年収に加えて三食つきの食事がつき、さらには奨学金がもらえる。大学を出て就職すれば、年収300万円と収入が2、3倍もはねあがる。こういうさまざまな経済的特権があるので、彼らは命を張ってまで戦場に赴くわけだ。
だから、社会が富裕層と貧困層へと二極化がすすめばすすむだけ、社会は戦争ができやすい体質になる。森永さんはこう書いている。
<このように社会格差が定着していて、つねに貧乏な若者がたくさんいる。彼らが格好の兵士供給源となっている。――そんな、ある意味で「戦争しやすい」社会構造になってしまっているのは、アメリカにかぎりません>
貧しい階級がなくなってしまうと、兵士の供給源が枯渇して、戦争がしたくてもできなくなる。少し前までの一億総中流といわれた頃の日本がそうだった。しかし現在の日本はどうだろうか。しだいに「戦争しやすい」格差社会へと変貌しつつあるのではないだろうか。森永さんの文章を引用しよう。
<いまの日本政府は、「正式な軍隊を持ちたい」と願っています。いざ戦争になったとき、前線に送る兵卒をどこから確保してくるか、それくらいは当然考えています。もちろん、自分たちは死にたくはない。「庶民という前線兵士の予備軍がいる。わざわざ徴兵制を導入しなくても、数は足りるだろう」と計算しているのでしょう。このまま構造改革を進めれば、実際それは、可能なことです>
森永さんは「差別や不平等があるからこそ、戦争になるのです」と書いている。私も地上から戦争をなくすために一番有効なのは、格差や差別のない明るい社会を建設することだと考える。だから平和を望むなら、社会に格差や差別をもたらす非人道的な経済市場主義優先の政策に反対しなければならない。
(今日の一首)
秋風がわれにささやくしあわせを 人に語らむかかるひととき
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