橋本裕の日記
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| 2006年02月03日(金) |
サイコロを投げて、おこずかい |
夜間定時制高校に勤務するようになって、あと2ケ月で1年になる。ふと、去年の今頃は何をしていたのかなと思い、日記を読み返したみたが、ほとんど有用な情報は得られなかった。私の日記はこういう実用上の役にはたたないようにできている。
おそらく、3年生の担任をしていた私は、最後の定期試験の採点でもしていたのではないか。あるいは、生徒のいなくなった教室へ行って、窓ぎわに坐って外を眺めながら、来年の今頃はどうしているか、生徒たちや自分自身の身の上を考えていたのではないか。
念願の定時制高校へ転勤できて、現在の私の精神状態はかなりよい。勤務は午後からだから、午前中はのんびり散歩をしたり、読書をしたりすることができる。その分、夜の楽しみがなくなるが、私は、昔から晩酌もしないし、テレビを見ることもほとんどなくて、毎日9時頃には床についていた。夜の生活らしいものが、そもそもなかったのである。
したがって、夜間高校に勤務するようになって、かえって夜の時間が充実した。授業をしたり、教材のプリントを作ったりと、結構いろいろと仕事はある。もちろん、息抜きに席の近い先生たちと雑談したりもする。
私の左側に坐っている教務主任のF先生は、50歳そこそこの英語の先生だが、山登りや自然を歩くのが好きで、去年の夏休みには奥さんと二人でスイスに滞在して、アルプスの山々を歩いてきた。そのときの写真を見せてもらったり、ボルンのアインシュタインの旧宅を訪れたときの記念のパンフレットをもらったりした。
私も自然が好きなので、F先生の話は聞いていて楽しいし、参考になる。福井県境にある「夜叉が池」もF先生からパンフレットをもらい、私も行ってみようという気になった。F先生が山歩きを始めたのは、この数年ほど前からだそうで、それまでは寝たきりの母親の看護でたいへんだったそうだ。
定時制に転勤したのも、妄想が出始めた母親の面倒を見るためだという。母親が亡くなられて、ようやく夫婦の時間が持てるようになった。山歩きを始めたのは、世話をかけた奥さんへの感謝の気持もあるのだろう。ピアノとハープの先生をしてみえる奥さんも、山を歩きながら野生の花を見るのが大好きらしい。
私は昨日、山歩きの話は好きだが、数学は苦手だというF先生に、制作中の教材プリントを見せた。2年生のクラスで使う予定の「確率」の問題が載っている。それをあえてF先生に突きつけたのである。
「毎日200円ずつこずかいを貰うのと、毎日サイコロを投げて、6の目が出たら600円、それ以外の目が出たら100円貰うのと、どちらが得か」
目を白黒させているF先生が気の毒で、「6日間で考えるとわかりやすいよ」と助け船を出した。200円ずつもらうと6日間で1200円である。サイコロを振った場合の期待値は、600円が1日、100円が5日間だから、6日間で1100円ということになる。毎日200円ずつ貰った方が、6日間で100円だけ得をする計算である。
これはあくまで確率だから、ときには600円が二日続くかもしれない。毎日サイコロを投げて、はらはらしながらこずかいを貰うのも、スリルがあって楽しいだろう。私の現在のおこずかいはぴったし2万円である。これからは毎月サイコロをふって、妻からおこずかいを貰うことにしようか。
しかし、この数学の理論を妻に納得させることができるかどうか問題である。私の日頃の言動から、猜疑心を強めている妻は、容易にこれを受け容れないだろう。それに、月1万円が何ヶ月も続くのは少しわびしい。サイコロを振っておこずかいを貰うのは、やはりやめておいた方が無難そうだ。
ところで、数学嫌いのF先生も、私のヒントを頼りに正解にたどりつくと、「へえっ、そうですか。面白いですね」と、いささか数学に関心を持ったようだ。私が「博士の愛した数式」の話をすると、今度是非見に行きたいと、青年のように目を輝かした。
昨日の職員室はこのあと、国語科や理科の先生を巻き込んで、電磁気の「フレミングの法則」の話題などで盛り上がった。こうして定時制高校職員室の夜は、いつになくアカデミックに更けていった。
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