橋本裕の日記
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2006年01月27日(金) 二人を繋いだ宮沢賢治

 私たち夫婦にとって、宮沢賢治は実は、縁結びの神様である。今日はそのことを書いてみよう。話は昭和47年頃にさかのぼる。大学生だった私は、ある日、友人と二人で金沢の香林坊にある丸善書店を訪れた。

 そのとき、私が何気なく宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を手にとって眺めていると、堀という文学好きの友人が、「可愛らしくてきれいな本だね。装丁も立派だし、これは夢のあるいい本だね」と誉めだした。岩波書店から出版されたそのハードカバーの本にはブックケースもついていた。愛蔵版らしい美しい本だった。

「欲しいのなら、譲ってやるよ」と私が差し出すと、「いや、僕はこちらを買うよ」と言って、彼が手にしていた本を見せてくれた。それも岩波の同じ装丁の宮沢賢治の本で、「風の又三郎」という題名がついていた。

 私の手にした宮沢賢治は淡い青を基調とした装丁で、堀君の手にした宮沢賢治はほのかなピンクを基調にした装丁である。一見して姉妹本だとわかった。姉妹というより、兄と妹と言ったほうがようのだろうか。

 奥付を読んでみると、両方とも初版は1963年で、愛蔵版と銘打ってあるだけに定価は少し高くて500円だった。「銀河鉄道の夜」の方は「宮沢賢治童話集1」になっていいて、「風の又三郎」の方が「宮沢賢治童話集2」になっている。やはり二冊でセットなわけだ。

 そこで私がそのうち兄貴分の「銀河鉄道の夜」を買い、堀君が妹分の「風の又三郎」を買うことにした。私たちはやがて大学を卒業し、堀君とはもう30年近く会っていないが、私の書斎の本棚にはそのとき買った宮沢賢治がおいてある。おなじように、堀君の本棚にも宮沢賢治がおいてあるのではないだろうか。

 しかし、私の本棚には「銀河鉄道の夜」のとなりに、堀君が買ったのと同じ「風の又三郎」も仲良く並んでいる。これは実は妻が小学校の頃に買った本である。まだ、結婚する前に、妻が私の部屋に遊びに来て、「銀河鉄道の夜」をみつけた。

「私もこれとそっくりの本を一冊持っているのよ」
「ひょっとして、風の又三郎じゃないのか」
「ええそうよ。今度もってきてあげるわね」

 妻は次のデートの時、その本を私にプレゼントしてくれた。実はそのころ私には結婚を前提におつき合いをしていた女性がいた。しかし、妻がこのとき差し出した宮沢賢治の本は、私の心の琴線にふれた。そしてとうとう私たちの人生をかえる運命の一冊となったわけだ。宮沢賢治が私たち夫婦の縁結びの神様だといってもよいのではないだろうか。

 奥付を読み返してみると、私の「銀河鉄道の夜」の方は1972年7月25日発行の第11刷であり、妻のくれた「風の又三郎」は1966年2月15日発行の第4刷である。そして妻の本には少し幼い字で、妻の旧姓の名前が可愛らしく書いてある。  


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