橋本裕の日記
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私はときどき教室で生徒にクイズをだす。私はクイズ大好き人間なので、他人からクイズを出されるのも好きだし、書店へ行くとクイズの本を立ち読みしたりもする。とくに私が好きなのが数理クイズである。あれこれ考えるのがたのしい。
私が教室でよく出すのが、「6本のマッチ棒で、同じ大きさの正三角形を4個つくれ」という問題だ。2個ならすぐにできるが、3個となるとむつかしい。まして4個はほとんど絶望的だ。多くの生徒が「絶対にできるわけがない。不可能だ」と投げ出す中で、かならず何人かは正解にたどり着く。そしてその瞬間、「わあ、できた!」と、生徒の目がぱっと輝く。
この問題は平面で考えていてはむつかしい。不可能にも思える。しかし、立体的に考えれば、たちどころに解決される。「立体的思考」のすばらしさを実感させる意味で、これにまさる教材はないと思っている。
それから、こんな話をする。地球儀の上に蟻が一匹いるとする。そしてその蟻が地球儀の上を真っ直ぐ歩いていく。そうすると、蟻はまたもとの位置に戻ってくる。真っ直ぐ進んだにも限らす、元の位置に戻るというのは、蟻にとって不思議なことだろう。
しかし、外から地球儀を眺めている私たちには、少しも不思議でも不合理でもない。なぜかといえば、2次元世界に住んでいる蟻と違って、私たちは3次元世界に住み、そのように次元のもう一つ高い位置から物事をみることができるからだ。
科学や数学の問題を解く場合でも、この「一つ高い次元から眺める」ということはとても重要になる。たとえば、アインシュタインはこの世界が「空間と時間のむすびあった4次元世界」であると考えた。そうすると「3次元空間」ではどうしても解決できなかった「光速度不変」という事実が見事に説明できる。こうした立体的思考が相対性理論を生みだした。
今世紀最大の天才数学者の一人に数えられるゲーデルという人は、「数学の体系が矛盾を含まないことは、その体系の内部では証明できない」(不完全性の定理)という恐るべき命題を証明した。矛盾を根本的に解決しようとすれば、私たちはもう一つ高次の次元に進まなければならない。そして、この思考の階段に果てがないことをゲーデルは証明したわけだ。
これは数学のみならず、人間の思考の根底に係わり、知性に重きを置く人たちの人生観や世界観までも震撼させる大きな事件だった。今日も、ちょっと大きな書店にいけば、「ゲーデルの不完全性定理」に関する何冊もの書物を手にすることができる。
さて、ゲーデルはこの発見で一躍有名になったあと、ナチスに追われてアメリカに亡命した。そしてプリンストン大学でアインシュタインに出会う。二人はたちまち意気投合し、ゲーデルは相対性理論について画期的な論文まで書いている。きむずかしいゲーデルがアインシュタインに心を許したのは、おたがいに相手の人格を尊敬する気持が深かったからだろう。
アインシュタインの薦めにしたがって、ゲーデルはアメリカ国籍を取ることにした。そしてその試験を受けるために、アメリカ合衆国の憲法を勉強し始めた。ところが、ある日、ゲーデルは息を弾ませてアインシュタインのところにやっきて、「アメリカ合衆国憲法には論理的矛盾があります。そのことを私は証明しました」と興奮して話し出した。
なんと、ゲーデルは憲法までも数学者の目で見ていたわけだ。アインシュタインは驚いて、決して審査官の前で「憲法の論理的欠陥」など主張しないようにアドバイスした。そして試験当日は、アインシュタインも一緒にタクシー乗って試験会場にまでつきそった。
しかし、アインシュタインの心配は的中した。審査官を前に、ゲーデルは「アメリカ合衆国憲法には致命的な論理矛盾があること」を滔々と弁じはじめたからだ。審査官は度肝を抜かれたが、この人類の宝である高名な数学者を無慈悲に落第させるほど無粋な人物ではなかった。ゲーデルはアメリカ国籍を得ることができた。「高次元思考」は大切だが、ときとして、とんでもないトラブルを巻き起こすこともある。
しかし、「立体的思考」は物理や数学の問題を解くときだけ有用なわけではない。ゲーデルの定理が、数学の枠を超えて多くの哲学者や思想家に衝撃を与えたように、そうした高次元的解決が必要な問題は、この矛盾に満ちた現実の社会に多く存在している。「矛盾に突き当たったら、もう一つ高い次元のレベルで解決を図る」ということは、私たちの人生にとっても、とても実践的で有意義な方法だといえる。
(6本のマッチ棒で正四面体の三角錐をつくれば4個の正三角形ができる。それでは、9本のマッチ棒で同じ大きさの正方形を3個作るにはどうしたらよいか。これも立体的思考でとける。お暇な方は正月にでも挑戦してみて下さい)
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