橋本裕の日記
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2005年12月24日(土) 太陽は赤くて熱い玉

 アテネ民主制の最盛期を築いたペリクレスの師に、アナクサゴラス(BC500〜BC428)という人がいた。彼は「太陽は赤くて熱い玉であり、その大きさはペロポネソス半島よりも大きい」と主張したことで有名である。

 当時ギリシャの人々は「太陽は神である」と信じていたから、アナクサゴラスは「神を冒涜した」という罪で捕らえられ、牢獄に入れられた。けっきょく、ペリクレスの尽力で、アナクサゴラスはやがて解放され、自由人となったのだが、実は、彼は牢獄内で、人類史に残るもう一つの問題を発見した。

「定規とコンパスだけを用いて、与えられた円と同じ面積をもつ正方形を描くことができるか」(円の正方化、円積問題)

 アナクサゴラスにはこの問題がとけなかった。同時代に生きていた喜劇作家のアリストファネスは、喜劇「鳥」の中で、この難問に頭を悩ませている哲学者を登場させ、不可能なことに挑む人になぞらえて揶揄している。

 アナクサゴラスに限らず、世間離れのした数学者や哲学者は庶民にとって絶好のからかいの対象だった。日食を予言し、数学と科学の父とも言われる哲学者ターレスも、星を観測していて井戸に落ち、「あなたは天空について熱心に知ろうとしていますが、自分の目の前や足許にあるものには気がつかないのですね」と、下女に笑われている。プラトンの「テアイテトス」によると、この下女は機知に富んだ美しい少女だったとのことだ。

 哲学者や科学者は、「世界とは何か」「人生とは何か」についての知識を求める。しかし、私たちが生きていくのに必要なのは、もっと実践的な「世間についての知識」である。「世界知」に長けた学者が、かならずしも「世間知」に長けているとは限らない。そして時として「世界知」は「世間知」の常識と矛盾する。

 さて、アナクサゴラスの発見した「円積問題」はその後、2千年以上にわたって多くの数学者の関心を引き続けた。アルキメデスもデカルトもガウスやオイラーにも解けなかった。これは実に難問中の難問だった。

 この問題は、1882年にドイツの数学者リンデマンによって解かれた。リンデマンは「πについて」という論文で、円周率πが代数方程式の解にはなりえない「超越数」であることを示した。「xの2乗−5=0」といった代数方程式で解けないということは、つまり「定規とコンパスで作図できない」ということである。

 こうしてアナクサゴラスの提出した難問は、解決不能だったことが「証明」されたわけだ。しかし、この難問によって人類はその知能を磨き、数学や科学は高度化して行った。アインシュタインが言ったように、大切なのは、「すぐれた問を発見すること」である。

 現在、私たちは太陽が赤くて熱い玉であることを知っている。そしてその玉の大きさが途方もない大きさであることも。こちらの方は、アナクサゴラスの言った通りだった。

(参考サイト)
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/math1,.htm


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