橋本裕の日記
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昨日、数年前にデジカメで撮った福井の写真を眺めていたら、近所のA書店の写真があって、おもわず長いこと見つめていた。私が中学生の頃とほとんど店の造りが変わっていない。街の様子が変わる中で、むかしの面影を残している。
A書店は私の実家から歩いて5,6分である。本好きの私はよくそこに足を向けた。高校生の私は、ガモフの物理や数学についての啓蒙書を注文して買った。大学生の私は岩波書店の「志賀直哉全集」や「夏目漱石全集」を注文した。それらの本は今も一宮の私の家の書棚にある。
A書店は代替わりをして、息子のA君があとを継いだ。ちなみにA君は私の中学時代の同級生である。一緒に遊んだ記憶はないが、A書店の前を通りながら、A君のようにこういう本屋さんの主人として好きな本を読みながら一生を終わるのもいいなと思ったことがある。
母も最近までA書店から雑誌などを購入していた。A君がそれを届けに来て、そのついでに上がり込んで世間話をしていったらしい。そのA君が今年の春先に、55歳の若さで突然なくなった。このことを、私は4月に福井に帰省したとき母からきいた。
死因は自殺だという。奥さんが首を吊っているA君をみつけたらしい。A君が運ばれた先の病院に、弟の妻が薬剤師として働いていた。母は彼女から、A君の自殺を知らされた。母はだれにも話さず、A君の死因は突然死ということにして、葬式も普通に行われたが、やがて自殺だといううわさが流れ、母の耳にも入ったという。
A君は母の愚痴をよくきいてくれた。母も息子の同級生のA君には親しみがあって、つい長話になった。A君はいやな顔一つしなかった。ほんとうにやさしい、まじめな人柄だったようだ。母もまさか自殺するとは思いもしかった。しかし、振り返ってみると、思い当たることがあるらしい。
母が病気の話をしたとき、A君もリューマチがひどくて自転車が思うように乗れずに困っていると言った。お金がないというと、A君も小さな町の本屋の窮状を口にしたことがあるという。経済的苦境に加えて健康の悪化が、A君を悲観的な気持にさせて、発作的に死を選ばせたのではないか。
数年前のA書店の写真は、まだA君が生きていたころに撮ったものだ。写真を眺めていると、いまにもガラス戸が開いて、少し頭が薄くなったA君が、「やあ、ひさしぶり。元気にやっているか」と出てきそうである。ご冥福を祈る。
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