橋本裕の日記
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旅の面白さは、いろいろな出会いがあるということだろう。風景と出会い、歴史と出会い、人と出会う。今回の青春切符の旅でも、いろいろな出会いがあった。その中から一つ書いておこう。
帰りの福島から黒磯の列車でのことだ。二人掛けの座席だったが、隣りに坐った青年がかなりの巨体で窮屈で仕方がない。その上、その青年が途中から居眠りをしはじめた。そして私に体を横倒しにしてくる。
これがかわいい少女か妙齢の婦人なら満更でもないのだろうが、汗の匂いのするむさくるしい旅の青年だからたまらない。何度か跳ね返してやったが、それでもまた体を密着させてくる。
そこで、肩を叩いてやった。最初はやさしく、そして最後は拳で叩いた。目を覚ました青年は一瞬キョトンとして、それからすぐに「申し訳ありません」と頭を下げた。咄嗟の表情が純朴な人の良い表情だった。それからは恐縮したように身を縮めていた。私の方から声を掛けた。
「仙台からですか」 「はい、お祭りを見に行きました」 「青春切符ですか」 「ええ、そうです」
青年は東京の目黒に住んでいるという。青春切符でよく旅をするらしい。今回は仙台に泊まって、花巻にも行ったのだという。
「私も花巻に行きましたよ」 「えっ、そうですか。やはり宮沢賢治がお好きですか」 「ええ、大好きです」
それからしばらく、賢治の話題が続いた。青年は「イギリス海岸」には時間の都合でいけなかったらしい。私の話を聞いて、こんどぜひ行ってみたいと言っていた。私が去年山口に行った話をすると、「私も行きました」という。
山口市湯田温泉に中原中也記念館がある。そこに行ったのだという。私が仙崎の金子みすず記念館に行った話をすると、「いいですね。私も行きたかった」と言っていた。金子みすずのことも知っていた。
万葉集の話をすると、土屋文明が好きで、やはり群馬にある記念館を訪れたことがあるのだという。私は奈良の大和路を歩いたり、富山の国府跡へ行った話をした。福井県の生まれだというと、「東尋坊へ行ってみたい」という。
愛知県へはたびたび来ているようだった。「みそかつ」や「ういろう」の大ファンだという。一宮の「たなばた祭り」にも参加したことがあり、今年も行こうか迷ったらしい。津島の祭りのことなど、愛知県人の私のしらないことまで知っていた。岐阜城にも登ったことがあるという。
こうして、一時間余り話をしているうちに、あっというまに次の乗り換え地の黒磯に着いた。3分間で隣のホームに行かなければならない。「それではまたどこかでお会いしましょう」というのが、別れの挨拶だった。
東京の目黒に住んでいるということ以外は、名前も職業も、年齢も知らない。しかし、そんなことはどうでもよいのである。おたがいにひととき、一期一会の出会いを楽しめたことがうれしい。
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