橋本裕の日記
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この夏も、JRの青春切符を買った。昨日はその第一回目の旅にでかけた。気の向くままにふらりと、まるで知らない未知の世界を旅してみたいと思いながら、たどりついたのは、やはり若狭小浜市だった。人口5万人あまりのこの小さな港のある城下町が私をひきつける。
7:44に木曽川駅を出て、大垣と米原と敦賀で乗りかえて、小浜駅についたのが11:44だった。ここまでのJRの運賃が1150円。往復でも2300円なのはありがたい。各駅停車ののんびりした旅も、風情があって悪くはない。
昼食は小浜市役所の食堂ときめていた。ここの安くておいしい「焼き鯖定職」をたべるのが目的だった。ところが、「すいません。まだ鯖が届いていないので、このメニューはできません」という。「どのくらい待てばいいの?」と聞いても、「さあ、まだ当分・・・」という。もう正午なのに、のんびりした話だ。しかたがないので、鯖寿司定職に切り替えた。
市役所を出て、私の足は港の方に向いた。10分も歩けば、港の桟橋である。イカ釣用のランプを吊した漁船がひしめいていた。対岸に並ぶ漆喰の倉庫や民家の屋根瓦に見覚えがある。私が小学生の頃、ここによく絵を描きにやってきたものだ。
私は小学生の自分が坐っていた舟を繋ぐ鉄製のブロックの上に腰をおろして、しばらく絵にしたいような美しい港の光景を眺めていた。部活帰りらしい中学生の男女が、自転車で傍らを抜けていく。子供たちの純朴そうな顔の表情が印象的だった。
今から45年ほど前に、昭和天皇がこの町にやってきた。私たちは日の丸を手にして、この桟橋に並んで、舟に乗って通り過ぎていく天皇を歓迎したものだった。天皇は帽子を脱いでそれを白髪の上に振りかざしながら、何度も私たちに微笑みかけられた。潮風に吹かれ、海鳥の声を聞いているうちに、そんなありし日の思い出が甦ってくる。
港をあとにして、街の中心の方にあるいた。古い家並みがまだ残っている。見覚えのある薬屋や骨董店、化粧品の店や金物屋がある。この町の郊外には大きな量販店がない。だから、町の商店街がまだ生きている。けっしてリッチではないが、鄙びた家々の軒先には花があふれ、人々の純朴ななかに厚みのある暮らしが、路地のうらからあたたかく匂ってくる。
小浜市は万葉集にも歌われているほど古い町で、歴史もあり寺も多いが、これという宣伝はしていない。しかし、私にはどんな観光都市よりもこの町の気取らない素朴さが好きだ。この街に来て、そこに質素に暮らしている人々の、ほのぼのとした豊かな表情をみているだけで、私は無上の幸福感を味わう。
街並みを20分ほども歩いていると、また海に出た。湾曲した海岸線はそのあたりだけが砂浜で、夏は海水浴場になっている。そこに海の家が立てられていた。砂浜にはビーチパラソルが開き、家族連れやカップルがねそべっている。
西洋人のカップルが泳いでいた。女性の方がハイレッグのビキニスタイルで、おもわず私の目が彼女の白い肌にひきつけられる。私の後ろでは、中学生が3人、自分たちの海水パンツの中を見せあって盛り上がっている。私にも記憶がある。無邪気なものだ。そうしてしばらく潮風にふかれていた。この時間が値千金だった。
(自伝「幼年時代」の後半に、私の小浜市での暮らしが描かれています) http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/younen.htm
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