橋本裕の日記
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郵政の民営化で賛否の議論が戦わされている。350兆円の資産は国民の貴重な財産である。その将来に係わることだけに、ここはじっくりと考えるべきだろう。問題をもう少し広い視野に立って見つめてみることも必要だ。
そこで、今日は「貯蓄とな何か」ということについて、経済学のイロハをおさらいしておこう。なるべくやさしく、中学生にでもわかるように書いてみる。
いま、国民が年間の総所得の1割を貯蓄にまわし、9割を消費にまわしたとしたらどうなるだろう。売り上げが1割落ち込むことで、企業は収入を1割減らす。当然、給料も1割減る。こうしたことを繰り返せば、国の生産規模は毎年縮小し、国民の所得も縮小する。つまり、単純な貯蓄は、経済活動を阻害する。
これを避けるにはどうしたらよいか。国民が貯蓄した金を政府が拝借して、これを消費(公共投資)にまわせばよい。そうすれば企業は業績を悪化することなく、国民の所得も減らない。国民はふたたび1割を貯蓄にまわすことができる。
この結果、どうなるか。国民は貯蓄をふやし、その分、国家は借金(国債)をふやす。つまり、簡単な数式で表せば、<国民の総貯蓄=国の借金>(貯蓄の方程式)である。実際にはもっと複雑な要因が幾重にも絡んでくるのだが、物事の本質を見るには、このくらい単純化したほうがよい。
この方程式を見てわかることは何か。つまり、国の借金を減らすには、国民の貯蓄を減らさなければならないということだ。収入のすべてを支出にまわせばよい。経済学の立場から言えば、「倹約は美徳」ではない。「倹約は悪徳」である。
それでなぜ、国は経済学のイロハを無視して、国民に倹約を勧めたのだろうか。江戸時代は支配階級が贅沢をするためである。百姓が倹約した分、誰かが代わって消費している分には問題はない。
戦前の富国強兵の時代は、政府がこれによって軍費を調達した。年金制度ができたのも戦時中である。すべては戦争のためだった。それでは、戦後は何のためにに貯蓄が奨励されたのだろう。
結論を言えば、戦後復興に資金が必要だったからだ。日本は外国からも金を借りて、国内に投資した。これによって、(国民+政府)の消費を維持し、さらには拡大させ、日本は経済成長を達成した。そして過程で、国民の貯蓄は伸び、同時に国の借金も天文学的な額に達した。
ところで、アメリカの場合はどうだろうか。貯蓄をしない国民でも、政府が天文学的な赤字を抱えることがある。それはどういう場合かというと、その国が覇権国家のばあいだ。アメリカの場合は政府の赤字を、他国の資金によってまかなってきた。だから国民は借金して消費に没頭していてもかまわない。日本が気前よく米国債を買ってくれる。
なお、ついでに投資が経済に与える影響についても触れておこう。年金や貯蓄にまわされた金が株式に投資されることがある。また、個人でも株を買う場合がある。これによって企業は生産を拡大することができる。しかし、これは「消費行動」とはいえない。
企業にとって必要なのは、自社の商品を買ってくれる消費者である。商品が売れれば利益が上がり、資金の調達もむつかしいことではない。また従業員や株主へ利益を還元することもできる。これによって経済活動が維持・発展する。
さて、そろそろ結論をかこう。国の財政を健全化する王道は、国民が安心してお金の使える社会を実現することである。収入を使い切ることは、実のところ、ほとんどの国民にとってむつかしいことではない。わが家では恒常的に赤字である。それだけではない。住宅ローンがまだかなり残っている。
収入に見合う金を使い切らないのは、裕福な人々だろう。貧富の差が大きな社会ではこうした余剰な貯蓄が増大し、それが時には過度な投資を生みだし、マネーゲームによる生産と消費のミスマッチを生み出す。
そしてこれを解消するために国の発動する財政政策や対外政策(戦争)によって、さらに国の借金が増大することになる。経済の健全化し、安定した社会を築くためには、貧富の差を是正する必要がある。
なお、経済のイロハをもう少し極めたい人には、「橋本裕経済学入門」がお薦めである。これは経済の原理から実際までを、専門用語を用いないで、なるべくやさしく、中学生向きに書いたものだ。 http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/zin4.htm
また「戦争経済学入門」も参考にして欲しい。今日ここに書いたことがことが、もう少し論理的に精緻に掘り下げられていて、経済面から見た戦争の作られ方がよくわかるはずである。 http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/sensokei.htm
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