橋本裕の日記
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梅雨の季節に入り、数日間雨模様の日が続いたが、朝の散歩は毎日欠かしたことはない。途中の田んぼには早苗がすくすくと育っているし、民家の軒先では紫陽花が咲き始め、くちなしも香り始めた。雨の音をききながら、傘をさしての散歩もなかなか風情がある。
木曽川が近いせいか、鴨や鴫の姿もみかける。この二ヶ月、途中の田んぼでイソシギの夫婦とまいにち顔を合わせた。散歩を始めた頃、三羽の雛鳥の姿があった。田んぼの傍らの畑の中に巣があり、そこで雛をかえしたのだろう。
私が畑の横の道を歩いていくと、親鳥が「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ・・」とけたたましく鳴き始め、三羽の雛に警告する。そうすると、雛があわてて畑から田んぼの方に跳ねるようにして駈けていく。その様子が可愛らしい。
なるべく彼らの生活に干渉したくはないと思いながら、つい足を止めたり、時には双眼鏡を携帯して、観察したりした。このようなことを二ヶ月あまり続けたせいか、ますますこのイソシギの親子に愛着がわいた。
雛鳥も今では大きくなり、空も飛べるようになった。それでも、二羽の親鳥は雛鳥から目を離さず、人が近づくと「ケ、ケ、ケ」と独特の甲高い声をだす。しかし、以前のような神経質な感じではない。子育ても終わりに近づいて、ゆとりがでてきたようだ。
一週間ほど前に、畑や田んぼからイソシギの親子の姿がなくなった。畑や田んぼの方を入念に眺めたが、どこにも姿が見当たらない。そのかわり、畑の草陰に黒猫がいた。私は胸騒ぎを感じた。というのも、近くにイソシギのものと思われる羽が落ちていたからだ。次の日もイソシギの姿はなかった。
ところが、3日ほど前、木曽川の堤を歩いていると、河原にイソシギがいた。数えてみると4羽である。一匹が舞い上がると、残りの3羽も舞い上がり、まるで私に挨拶でもするように、「ケ、ケ、ケ、ケ、・・」と鳴きながら、頭上をかすめていく。見覚えのある親子のイソシギだった。
一羽足りないのはやはり黒猫の犠牲になったのだろうか。それでも二羽育ったのだから、まずは成功した方かも知れない。以前は妻の畑でも毎年イソシギが巣を作っていたという。しかし、雛は滅多に育たなかった。そして去年からはとうとうイソシギはこなくなった。
畑でイソシギが子育てをしていた頃は、妻もイソシギの「ケ、ケ、ケ、ケ、・・」というけたたましい声をよく聞いたという。あるとき、空を舞う二羽のイソシギの声があまりにせっぱ詰まっているので足許をみると、そこに雛鳥が3羽ほどじっと蹲っていた。
雛は保護色をしているので、土の色と見分けがつかない。あやうくイソシギの巣を踏む潰すところだったという。こんなとき、イソシギの親は必死になる。人にも捨て身で襲いかかってくる。その母性本能のすさまじさに脱帽しながらも、やはり畑仕事にとっては面倒なことである。近くで農作業をしていた老人は鎌を振り上げて、イソシギを威嚇したりしたらしい。これもしかたがないことかもしれない。
田んぼが埋められ、畑も姿を消す中で、イソシギや他の鳥たちも安心して子育てできる環境ではなくなりつつある。それでも、人家のすぐ近くの小さな畑で、めげずに子育てを成功させた彼らに、「よくがんばったね」とエールを送りたい。昨日はとうとう河原にもイソシギの親子はいなかった。今日は会えるだろうか。
イソシギの親子をながめ青田行く 朝の散歩のたのしみ多し (裕)
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