橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年06月17日(金) 年金・郵貯は国民の財産

 一時、テレビや新聞で「年金制度があぶない」ということがしきりに報道された。週刊誌をまたこれを煽り立てた。保険の勧誘員からも「老後をお考えですか。もう、公的年金ではやっていけなくなりますよ」などと脅された。もう年金制度の崩壊は既定事実のような話し方である。しかもこの年金危機の出所はどうも政府らしい。

 政府はこうして国民の危機を煽り立て、年金財政を「5年おきの見直し」と称して、どんどん変更していく。これでは、私たちは老後の生活設計に不安を覚えるのもむりはない。いきおい、現在の生活を切りつめ、貯蓄をしようかというふうになる。郵便貯金と簡易保険の総資産が350兆円にもふくらんだ背景には、こうした老後の不安がある。

 年金制度が破綻するのは、経済の停滞で年金の資産運用益が少なくなったことと、高齢化社会で年金の給付額がかさばるうえに、少子化で収入が減ることが主な原因だという。しかし、こうしたことが天災であるかのように受け取られているのは納得できない。

 これまで団塊の世代は莫大な年金を払ったきた。実際、150兆円を超える年金積立金があるといわれている。厚生労働省の統計では191兆円、財務省の統計では155兆円と食い違っているが、ともかくこれを取り崩せば、年金問題は解決するのではないか。

 法律にも、政府が国民から預かっている年金積立金は、「被保険者から徴収された保険料の一部であり、かつ将来の保険給付の貴重な財源となる」(厚生年金保険法79条2)と銘記されている。ところが、政府はこの150兆円の資産を取り崩しに消極的である。

その理由ははっきりしている。この資産のほとんどが、郵貯・簡保と一緒にされて財政投融資や国債の購入にまわされているからだ。しかも、資金が投入された特殊法人の財務内容がかんばしくない。

 日医総研の調査によれば、27機関中24機関が元本返済はおろか利息も事業利益ではまかなえずに、国からの補助金等や財政投融資で生き延びる「追い貸し」状態にあるという。その他、地方公共団体と特別会計も不良債権が増殖していて、90兆円近くの年金積立金が不良債権化しているというのだ。

 つまり、私たちが積み立てたきた年金は、こうした形で政府によって国債や公社などに投資され、その半ば以上は不良債権化しているか国債、もしくは米国債に化けていて、取り崩しがむつかしいわけだ。こう考えてくると、年金は郵貯・簡保と同様な資金運営上のむつかしい問題をかかえていることがわかる。

 政府は銀行に何十兆円という巨額の公的資金を投入して、これを救済した。しかしこの過程で、政府は巨額の公債を発行しなければならなかった。また、景気を回復させるために、巨額の公共投資をした。

 さらにバブル期に歴史をさかのぼれば、アメリカとの貿易不均衡問題があった。黒字減らしのためアメリカから構造改革を突きつけられ、内需拡大のために巨額の公共事業を強要された。さらに、アメリカの財政赤字を補填し、ドル暴落を防ぐために多額の米国債を購入しなければならなかった。

 こうした国策のために、年金や郵貯が惜しげもなく使われたことが問題である。間違っていたのは国策のはずだが、それがいつのまにか年金制度や郵政民営化の問題にすりかわっている。

 繰り返しになるが、郵便貯金と簡易保険の総資産が350兆円にもふくらんだ背景には、老後の不安がある。政府がやるべきことは、年金制度をいじくりまわしたり、郵貯や簡保を廃止することではないはずである。

 国民は老後も安心して暮らせることがわかれば、貯蓄に走ることはない。そのかわり現在の生活の質をゆたかにするためにお金を使うだろう。そうすればいやでも需要がたかまり、経済はすこやかに動き始める。

 人々は株式や他の金融商品にも目を向けはじめ、郵貯や簡保の規模も縮小するだろう。政府がやるべきことは、国民に不安を掻き立てることではなく、こうした安心を与えることでなければならない。年金や郵貯は汗水流して貯えた貴重な国民の財産である。これをもっと大切に扱ってほしいものだ。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加