橋本裕の日記
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2005年06月13日(月) ロゴスの発見

 アインシュタインは13歳のときユークリッドの「幾何学原論」を手にして、その美しさに魅了された。彼の「自伝ノート」にはそのときの感動が印象的に綴られている。たとえば、三角形の三辺の垂直二等分線が一点で交わることを知り、真理(ロゴス)の神秘な力に打たれたという。

<人は普通、幼い頃から日常に眼にするものには慣れてしまって驚かないものです。例えば物体や雨が落ちること、あるいは月や太陽が落ちてこないことにについては驚きません>(自伝ノート)

 この何でもない日常の世界の背後に、もうひとつ驚くべき世界が隠されている。そこには美しい秩序が存在し、そしてこの仕組み(ロゴス)が、じつはこの日常的な世界そのものを背後で支え、支配している。

 こうした「ロゴス体験」を、数学者や科学者はどこかで経験している。世界を貫いている美しい秩序が存在すること、その神秘に魂の眼を見開かれたとき、人は森羅万象の中に「神」を見出す。そして世界がその瞬間から、真実、驚くべきものに変貌する。

 それでは、世界の歴史の中で、最初に「ロゴス体験」をしたのはだれだろうか。私たちはその歴史を、ニュートン、ガリレオから、アルキメデス、ピタゴラスへと、ギリシャの哲学者たちにまでさかのぼることができる。

 ディオゲネス・ラエルティオスの「ギリシャ哲学列伝」には81人のギリシャの哲学者の伝記が記されているが、第一巻第一章は「タレス」になっている。つまり、ギリシャ哲学の創始者はタレスだということだ。タレス(BC640〜BC546)はギリシャ7賢人の最初の一人でもある。

 タレスはフェニキア人だったが、ミトレスにやってきて市民権を得たという。貿易商人として財をなしたあと、商売から足を洗い、天体の研究に向かった。星星を観測し、BC585年5月28日の日食を予言したりした。

 四季の区別をし、1年を365日に分けたのもタレスらしい。ピラミッドの高さをその影の長さから計算してエジプト王を感嘆させたり、二等辺三角形の底角が等しいことを「証明」したりした。このためタレスは「数学はタレスから始まった」と言われている。

 タレスは自然を研究し、自然が整然とした秩序を持つ存在(コスモス)であることに気付いた。そしてこの自然の秩序を「ロゴス」と名付けた。やがてギリシャ人にとってロゴスは神の別名にもなるが、最初にこの世界をロゴス(秩序)として捉えたのは彼である。

 彼は「世界は何からできているか」「世界の根源(アルケー)は何か」という「問」を発明した最初の人でもあった。タレスはこの問に「水」と答えている。流転し、命を育てる水こそが世界の初源であり、水によって世界(コスモス)は生命を与えられ、神々の息吹に充ちたものになると考えた。「ロゴス」とはこうした世界創生と生命の原理でもあった。

 タレスが世界をどう見ていたか。彼が作ったといわれる詩を、ディオゲネス・ラエルティオスの「ギリシャ哲学列伝」から引用しよう。

 さも美しきものは宇宙なり、神の作りしものなるがゆえに。
 さも大なるものは空間なり、あらゆるものを包含するゆえに。
 さも速きものは知性(心)なり、あらゆるものを貫き走るゆえに。
 さも強きものは必然なり、あらゆるものを支配するがゆえに。
 さも賢きものは時なり、あらゆるものを明るみに出すがゆえに。

 プラトンはタレスを7賢人の筆頭としてあげているが、皮肉をこめて、「テアイテトス」のなかで次のようなエピソードを紹介している。吉永良正さんの「数学を愛した人たち」(東京出版)から孫引きさせてもらおう。

<タレスが天空について熱心に考え、上を見ていて、井戸に落ちた。それを見ていたトラキアの機知に富んだ美しい下女が、こう言ってタレスをひやかした。『あなたは天空のことを熱心に知ろうとしていますが、自分の目の前足許にあるものには気付かないものですね』と。同じひやかしは、およそ哲学的な生を営むすべての人々にあてはまる>

 しかしタレスは単なる自然を研究しただけではない。タレスは「何が一番困難なことか」と訊かれて、「自己自身を知ることだ」と答えている。また、「何が一番容易なことか」という問には「他人に忠告することだ」とも。

 タレスは人間や社会についても深く洞察していた。彼はアテネの民主政治家だったソロンとも親交を結び、ソロンが僭主ペイシストラトスに敗れたとき、ミトレスの自分のところに来るように手紙を出している。

 タレスが発見したロゴスは、自然界だけではなく、社会や人間を見つめるときにも役に立つ。事実、ギリシャ哲学はそのような方向に発展し、ソクラテスやプラトン、アリストテレス、そしてゼノンをはじめとするヘレニズムの個性豊かな思想家たちを輩出し、やがてヨーロッパの近代へと受け継がれていった。

(参考サイト)
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card11663.html


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