橋本裕の日記
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100年前の5月27日、28日の日本海海戦で、日本はロシアを破った。これにちなんで、5/28(土)の「天声人語」は、白川静さんの次のような言葉を紹介していた。孫引きさせてもらおう。
<アジアで日露戦争は、欧米列強の植民地支配に抗する義戦と受け取られていた。そこで兵を収めるべきだったのに、日本は欧米の侵略戦争のまねをして日中戦争、太平洋戦争とバカな戦をやった>
白川さんは漢字研究の第一人者で、95歳だという。私と同郷の福井の生まれだ。最近中国と関係がギクシャクしているが、日本はかって「漢字文化」を中国に学び、国としての礎を築いた。中国も日本も韓国も、同じ漢字文化圏である。白川さんの言葉をもう少し紹介しよう。
<私が「東洋」と言う場合、「東洋」と「西洋」との一番大きな違いは、西洋の考え方は、自然は物質的・対象的なもので、人間だけが精神的なものという考え方です。まず自然を物質と見るというところから出発するわけで、だから自然科学は発達します。
ところが東洋では、われわれは自然の中にいるのだから、自然のいろんな調和的な状態を生活の原理として取り入れるというやり方です。東洋的な考え方だと、争いが起きないのです。物質という対象的なものがない。それを奪い合うとかそういう競争的な原理が出てこないのです。・・・・
150年から200年前までの東アジアには争いが一つもなかった。しかしヨーロッパは、戦争ばかりやっていた。それで、戦争の手段としての科学技術が発達した。東洋では、戦争が絶対ではありませんから、そういう技術は興らない。むしろ人間的な調和、人間の内面的な道徳のようなものを主にして、長い間暮らしてきたわけです。
近代西洋の考え方が入ってこの方、東洋は無茶苦茶になった。日本は西洋の真似をしたらいかんのです。あくまでも東洋的な従来の世界観・価値観の中でやっていかないと、東洋全体が円満にいかない。> (漢字の復権で東洋の回復を) http://www.seikyo.org/article239.html
白川さんの豊かな学識にささえられた文化的平和主義はとても説得力がある。日本人の発明した「かな」も、もとをただせば漢字から創られたものだ。私は白川さんの「常用字解」(平凡社)を手元に置いて、漢字の奥深いたのしさを味わっている。
「戦」・・・単は二本の羽根飾りのついた楕円形の盾、戈は矛(ほこ)、組み合わせて、「たたかう、いくさ、たたかい」の意味になる。
「争」・・・棒状のものを上下より手に取る形。「静」にも「争」が含まれているが、この場合は鋤を手にもつ形。
「静」・・・鋤を手に持って、青色の顔料で祓い清めること。農具を祓い清めることで、やすらかな実りを願った。
「浄」・・・「争」は「静」の文字の要素であり、農具を手に持って清める儀式をいう。「浄」もあるいは農具を清める儀礼であったのかもしれない。
ある詩人が、「静とは空の青と海の青が争うこと」と書いていたが、これもなかなか詩的で美しい表現だと思った。しかし、「争」はほんらい農具を手に持った生産の聖なる儀式を象徴する文字だという白川さんの指摘には深いものを感じた。
<しらかわ・しずか 1910年、福井市生まれ。小学校卒業後、大阪の法律事務所に住み込みで働きながら夜学へ。43年、立命館大学法文学部卒業。54年、同大学文学部教授、81年、同大学名誉教授に。漢字研究の第一人者で、73歳から執筆を開始し漢字の字源辞典『字統』のほか『字訓』『字通』を刊行。中国古代文学の研究書も多数執筆している。文学博士。84年に毎日出版文化特別賞、91年に菊池寛賞、96年度の朝日賞受賞。98年、文化功労者として顕彰される>
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