橋本裕の日記
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| 2005年05月29日(日) |
スポンサーに弱い新聞 |
私はあまりテレビを見ない。テレビ番組にも「クローズアップ現代」などすぐれたものがある。教養番組やドラマなども面白いものがある。しかし、私の実感だと、情報量の点で、読書の10分間はテレビの1時間にまさる。
それにテレビにはスポンサーが付きものだ。民放の場合は企業である。NHKのスポンサーは国だ。さらに、「視聴率」という隠れた暴君がいる。こいつがろくでもないやらせを製作現場に持ち込む。
そこで私は本を読むことにしている。新聞や雑誌も読む。自宅で購入しているのは「朝日新聞」だが、ほとんどの新聞の社説をインターネットで読むことができる。私のHPには各紙の社説やコラムが読めるHPがリンクしてある。
http://www.ne.jp/asahi/sec/eto/NewsPaperLink.html
これを使って、「朝日」だけではなく、「日経」「読売」「産経」などの社説も目を通す。比較すると、違いがわかる。いろいろな立場から多面的に眺められて面白い。
たとえば、少し古くなるが、イラク戦争についての各紙の社説の題を拾ってみよう。いずれも、2003年3月19日、20日のものである。
○朝日新聞……「この戦争を憂える」 ○毎日新聞……「首相支持表明その理由をなぜ語らない」 ○日経新聞……「米国支持の政府方針はやむをえない」 ○読売新聞……「イラク攻撃小泉首相の決断を支持する」 ○産経新聞……「妥当な独裁排除の決断」
「朝日」にしても、明確に「戦争反対」というわけではない。あくまでも「憂える」という中途半端な表現である。こう表現しなければ、世間に受け入れられないと「商業的に」判断したのだろう。バクダッド陥落直後の4/11の社説でも「フセイン後のイラク破壊の跡に何を築くか」と評価に踏み込まない。
「読売」はバクダッド陥落直後の4/11の社説でも、「イラク戦争正しかった米英の歴史的決断」という具合に主張が明解である。1000万部の発行部数を誇る読売新聞の社説だけに、世論に与える影響は大きい。
国民が右傾化すれば、新聞も企業防衛上、右傾化するしかない。それにテレビほどではないにしても、それでも収入の半分以上は広告収入だ。だから、主張は、どうしてもスポンサーである企業に都合のよいものにならざるをえない。
雑誌や週刊誌の場合は、広告収入の割合は新聞ほどではない。そうした意味で、私は「週刊文春」や「週刊新潮」などの右派系の週刊誌も貴重な情報源として活用している。たとえば最近喫茶店で読んだ「週刊文春」(6/2号)には「朝日」を批判したこんな記事が載っていた。メモと記憶による再現なので、正確な引用ではない。
<99年12月22日、みずほファイナンシャルグループの事業戦略発表記者会見が開かれ、翌日の朝日新聞の紙面に、山田厚史編集員の署名入り記事「『コメ銀行』脱却できるか」が掲載された。この中で山田記者は三行の頭取・副頭取から横滑りしてきた新しい経営陣に対して、「有能な人たちだが、護送船団時代に活躍し、経営失敗の一例を担った人たちだ」と厳しく評した。
これに興銀頭取から横滑りしてきた西村正雄の怒りが爆発し、「朝日が主催する東京国際マラソンの協賛をボイコットする」と朝日の箱島社長に抗議した。驚いた箱島社長はさっそく詫び状を出し、山田記者は2年8ケ月もバンコクの支局に左遷された>
東京国際マラソンのためにみずほ銀行が用意していた協賛金は約三億円だという。あわてて詫びを入れたのも、スポンサーに弱い新聞社ならではのことだろう。「社員教育を徹底させたい」という内容のわび状が「週刊文春」にスクープされている。
最近の朝日の紙面からはスクープが消え、かわりに「ニッポン人脈記」のような財界人のちょうちん記事が連載されようになった。「週刊文春」は朝日新聞が半年間で5000部も減らしたのは、こうした朝日の変節に愛想をつかした良質な読者が逃げていったせいではないかと分析している。
私はもとより「朝日」は財界よりの新聞だと判断している。それは小泉政権が進める「構造改革」にたいする協賛記事をみればわかることだ。財界の御用新聞といえば「日経」や「産経」が浮かぶが、「朝日」も反権力を装いながら、その実態は財界の御用新聞である。余計にたちがわるい。
日清戦争で「朝日」と「読売」は熾烈な販売競争をした。そしてその後、戦争のたびに人間の生き血を吸って図体を大きくした。敗戦でドイツの新聞社はすべて倒産したが、日本の新聞社は一社も倒れなかった。
戦争を賛美し、国民を扇動し、ときには政府や軍部まで「てぬるい」と噛みついた新聞社が、戦後になって、どうしてまともに軍部や天皇の責任を問えるだろうか。それどころか、またそろそろ戦場の血の匂いが恋しくなってきたようだ。
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