橋本裕の日記
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アリストテレスによれば、哲学はミレトスの商人であったタレス(BC624〜BC546)から始まった。タレスは「万物の根源は水である」と述べたという。世界は生成変化し、流転する。こうした生き生きとした世界の本質を、タレスは自在に変化する「水」のなかに見た。
タレスは「同じ川に人は二度と入ることはできない」「太陽は日々に新たである」などと述べている。世界を変化の相の下にとらえ、しかもその根底を貫いて変わらないものが存在することに、人々の目を向けさせた。
タレス以来、「万物の根源は何か」という問が始まった。アナクシマンドロスは「空気」だといい、ヘラクレイトスは「火」だと考えた。しかし大切なのは、その「答え」ではない。こうした「○○とは何か」という「問」が存在することに気付いたことである。
その意味で、タレスこそ最初の哲学者だった。タレスはまた、すべての三角形の内角の和が直線(180度)に等しいことを最初に「証明」した。「真実は人間の理性によってあきらかにされる」ことを最初に自覚した人でもある。こうしたことからも、タレスは数学や哲学の祖とよばれるのにふさわしいだろう。
タレス以後、自然や宇宙についての探求が続いた。アナクサゴラスは天を指さして、「あれがわが祖国だ」と言ったという。こういう感情を私も中学生の頃味わったことがある。毎晩のように公園にでかけて星を眺めていた。そしてSF小説を読みふけったものだった。
人類の歴史に戻ろう。自然哲学とよばれるこうした宇宙中心の知の流れを変えたのはソフィストとよばれる人々である。彼らの視線は自然や宇宙から人間世界へと向けられた。大切なのはこの社会であり、そこで人間が如何に幸福に生きるかが問題になった。
たとえば黄金期のアテネで活躍したプロタゴラス(BC490〜BC420)は「人間は万物の尺度である」と人間中心主義の思想を高らかに謳い上げた。もはや人間は神に従属する存在ではない。自己の理性によって、世界を創造していくことができる。彼のこうした自信の背景には、ペルシャという大国をうち破り、民主制を実現したアテネの繁栄がある。
民主的な議会制を発案し、人民主権による近代的民主国家の基礎を築いた理論家はイギリスのジョン・ロックである。プロタゴラスはこのロックに比肩されるギリシャの思想家と言える。古東哲明さんの「現代思想としてのギリシャ哲学」(ちくま学芸文庫)から引用しておこう。
<プロタゴラスは、伝統や習俗にもとづく国家ではなく、明晰な議論と、開かれた言説と、整備されたノモス(法律・規範)や発達したテキネー(技術)による、あたらしい共同体の確立の方向性を与えた。そして、民主制や社会の進歩発展の正当性を根拠づける思想を展開する。
アテネの黄金時代の思想的ベースをつくったのは、かれである、といっても過言ではない。アテネを中心とした国家プロジェクトである植民都市トゥリオイ建国にあたり、その基本法(憲法)制定の任を委嘱されたのも、そのためである。明敏で雄々しく、民主的で革新的な、じつに立派な思想家である>
しかし、プロタゴラスの「人間中心主義」はある種の理論的脆弱性を持っていた。真理の根拠が人間の中に存在するとすると、真理も又人間の数だけ存在することになる。神を否定し、人間たちのコンセンサスで真理を決めるというのは、よほど人間に対する信頼がなければ成り立たないシステムである。げんにアテネの繁栄はやがて人々を慢心させ、堕落させた。そして人々の心にニヒリズムが忍び寄ってきた。
そうしたとき現れたのがソクラテスだった。ソクラテスは人々の関心を人間から、さらにその内面に向けさせた。彼は社会的成功や繁栄に酔いしれている人々を批判し、大切なのは「魂への配慮」であるといい、「よりよく生きるとはどういうことか」という倫理的な問いをその独特な対話術によって鋭く人々に投げ与えた。
こうして哲学はまったく新しい次元を迎えた。自然哲学から人間・社会哲学へ、そしてついに、人間の内面世界の発見・探求へと向かい、この傾向はプラトンにひきつがれる。それではプラトンは真理の根拠をどこに求めたのか。
プラトンは真理はすでに「イデア」として存在していると考えた。それは人間が議論して到達するものではなく、あらかじめ人間から超越して存在するものである。人間はイデアに背を向けるのではなく、努力してこのイデアに至らなければならない。そしてこのイデアに精通した少数の哲学者が政治を行うことで、理想的な社会が到来する。これがプラトンが考えたことである。
アリストテレスはプラトンについて学んだが、彼の「イデア説」はとらなかった。アリストテレスは真理はあらかじめ超越的に存在するものではなく、人間がその知性によって経験的に獲得していくものだと考えたからだ。そして、「哲学」はそのために必要な道具だとした。
彼にとって真理とは彼岸的ものではなく、あくまで現実の世界に根ざしたものでなければならなかった。そのために彼は「論理学」とともに、「観察」を重視した。とくに生物に興味をもち、標本の収集に精力を使ったりしている。
こうしてアリストテレスによって、ふたたび自然哲学が甦った。人々の関心がふたたび自然へと向けられ始めた。この流れをさらに押し進めたのがストア派の人々である。彼らは自然と人間を独特な方法で和解させた。つまり、人間の中に自然を発見したのである。
ストア哲学において、外部の自然は内部の自然と響きあい、内部の自然は外部の自然と響きあっている。そして彼らは真理の根拠をこの外部であり内部であるところの「自然」に委ねた。こうして生き生きと生成するヘラクレイトスの「火」は人間の内部に明かりを灯し、タレスの「水」は人間の心を潤す清冽な生命の泉となった。
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