橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年05月23日(月) ストア哲学の淵源

 ストア哲学の倫理思想はソクラテスを受け継いだ犬儒派の克己主義を受け継いでいる。今日、ストイックと言えば、こうした禁欲的な生き方を指す。しかし、ストア哲学はたんに克己的なだけの人生哲学ではない。

 それは論理学でもあり、また自然哲学でもあった。そしてストア哲学の倫理思想は、その自然哲学や論理学と深く結びついている。たとえばストア哲学に傾倒したキケロは、この哲学の体系的な見事さをカトーの言葉を引いて次のように書きとめている。

<この体系の驚くべき整合性と、主題の信じがたい秩序とが、わたしをして長々と語らせてしまった。不死なる神々に誓って、きみはこれに驚嘆しないのか。一文字でもきみが動かすならすべてのものが崩れ落ちてしまうほどに他のものと緊密に結びついている>(キケロ「善と悪の究極について」)

 ストア哲学の見事さは、こうしたギリシャ的な論理性の明晰性や普遍性に支えられている。キリスト教がストア哲学を異端として駆逐する以前は、帝政ローマにおいても、それ以前のローマにおいても、ローマの人々がまず帰依したのは、プラトンでもアリストテレスでもなく、まさにストア哲学だった。

 それでは、ストア哲学のこのように壮大な自然観、人間観はどこに由来するのだろうか。その源流を訪ねていくと、私たちは古代ギリシャの一人の哲学者、ヘラクレイトス(BC540〜BC480)にたどりつく。

彼はミレトス派の世界観にみられる生成変化の思想を発展させ、「万物は流転する」と説いたことで有名である。彼は又火を万物の原理とし、火が万物へ、万物は火へ転化するという思想を持っていた。これはストア派の哲学に受け継がれている。

 さらに、彼は生成変化する世界の中に、変わらないものがあると考えた。生成変化を支配する永遠の理法を、かれはロゴスとよんだ。彼は「世界は神々や人間によってつくられたのではなく、ロゴスによって燃え、ロゴスによって消えながら、永遠に生きる火であったし、あるし、あるであろう」と述べている。

 ロゴスは対立し生成変化する世界を統一し、そしてそれは人間の内部にも生きて働いている。ロゴスは万人によって共有され、それゆえに万人に共有される「真理」の存在が可能である。ストア派はこの「ロゴス」の概念をヘラクレイトスから受け継いだ。

<宇宙の自然は、自発的な運動と試みと衝動をもち、魂と感覚によって動かされるわれわれ自身と同じように、それらと合致する行為を示す>(キケロ「神々の本性について」)

 こうしたヘラクレイトス的な発想は、ストア派のみに受け継がれているわけではない。それはギリシャ哲学が一般的にもつ特質でもある。しかし、ストア派はこの気宇壮大な思想を、きわめて精緻なものに築きあげた。そして何よりも重要なことは、それを人間一人一人の日常の中に生かそうとしたことである。それは最早神話ではなく、人々がそれによって日々の生活を営むべき実践的指針になった。

 ストア派の哲学は、インドのウパニシャッド哲学と強い近親性をもっている。これについては二つの見地から説明できるのではないかと思っている。その一つは「真理の普遍性」ということである。この立場に立てば、ギリシャにヘラクレイトスが生まれたように、インドにまた別のヘラクレイトスが生まれるのが自然である。ヘラクレイトスは日本に生まれても不思議ではない。事実、日本の古神道もまたきわめてヘラクレイトス的なものをもっている。

 もう一つは「真理の伝搬性」ということである。当時シルクロードを通して、ギリシャ世界はアジア世界と活発な交流があった。とくに重要なのは、アレキサンダーの東征である。これによってギリシャ思想はインドにまでもたらされた。ヘレニズムの影響によって生まれたウパニシャッド哲学や仏教との類縁性はこうした立場からも説明される。 

 最後に、ストア哲学の「死生観」についても触れておこう。この世に存在するのものは物質であり、これを支配する唯一のロゴスの存在しか認めないストア哲学は、独立した魂の存在を認めない。若干の例外はあるようだが、これがストア派の人々の基本的な考え方である。

 つまり、私たちはロゴスに従って、宇宙の塵から生まれ、ロゴスに従って成長し、そしてロゴスに従って死ぬ。死ねばその肉体は解体し、宇宙の塵に還るわけだ。宇宙は本来一つの生命体であり、われわれもまたその一部として生成消滅するというストア派の死生観は、プラトンが説いている「魂の不滅」とは対照的である。また天国や地獄の存在を前提にするキリスト教の死生観ともまったく相容れない。

 キリスト教の支配する時代にあって、プラトンやアリストテレスが生き残り、ストア派の哲学書が異端として嫌われ、その原典がほとんど失われたのは、こうした事情によるところが大きいと考えられる。しかし、ストア派の思想が真実であるならば、それは何度でも甦り、そしてその思想は多くの人々によって受け継がれていくだろう。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加