橋本裕の日記
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ストア派の哲学がもたらした果実はたくさんある。後代への影響を考えると、なかでも大きいのは「自然法思想」であろう。たとえば「生まれながらにして人間は平等である」という考え方が正しいのは、それが自然の理法にかなっているからだというのが、この思想である。
こうした「自然法思想」の淵源をたどれば、へレニズムのストア派にいきつく。彼らはコスモポリタリズム(世界市民主義)という思想を背景にして、奴隷をも含む人間の平等を主張した。これは奴隷制を支持したプラトンや容認したアリストテレスとは大きく違っている。
ストア派はこの世界を生成発展するものと考えている。そしてこの生成発展する世界の本質を「ピュシス」と呼んだ。ピュシスこそが自然の本性であり、そして自然の一部である人間の本性だと考えられた。
この自然の本性に従って生きることが自由であり、そしてまた最高の正義であり善であるという。そして社会の掟である法(ノモス)もこうした「自然の道理」に従わなければならないと考えた。ノモスがこのような自然法に近づいたとき、私たちは理想の社会生活をいとなむことができるわけだ。ストア派を代表するローマの哲学者キケロは「各人に各人のものを分配すること、これが要するに最高の正義なり」といっている。
ストア哲学は人間に内在するロゴスは、宇宙に内在するロゴスと同じものだと考えた。そして宇宙は調和と崇高さにみちている。この豊かさを自己の内部として感じることが、すなわちストア的な「悟り」である。そして、ロゴスは宇宙にゆきわたっており、それはすべての人間にも平等に与えられている。
人間はこの内在するロゴスにしたがって、その社会をつくらなければならない。こう考えてくると、たとえば今日の日本国憲法の説く「平和主義」や「基本的人権」の考え方が、そのままストア派の「自然法思想」の豊かな果実だということがわかるだろう。これに対し、「愛国心」や「国家権力」による規律の強制をとくのは、ロゴスなきノモス、ピュシスなきノモスを重視する立場だということができる。
そうした一派は昔から世界に存在した。ギリシャにもローマにも、その後の世界にも存在した。それはたんに政治的立場の相違ということではなく、もう少し立ち入って考えてみれば、この世界と人間をどう捉えるかという哲学の相違だともいえる。したがってストア派の哲学を学び直すことは、現代を生きる私たちにとっても有意義なことだろう。
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