橋本裕の日記
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2005年05月19日(木) デイオゲネスの師

 デイオゲネスの弟子について書いたので、師のアンティスネスについて、少し補足しておこう。彼はアテネに生まれたが、生粋のアテネ人ではなかった。母親が自由民でなかったようだ。

 彼はそのことを指摘されると、「私はボクシングの心得のある親から生まれたわけではないが、私はボクシングの心得があるからね」と、暗に生まれで人を差別することを批判したという。またアテネに拘る人には、「神々の母親だってブリュギア人だよ」と応じたという。

 彼はソクラテスから学んだことは、「幸福になるには徳だけで足りる」ということだった。彼はそのために困苦に堪え、ソクラテス的な克己心を鍛えた。杖と頭陀袋の他は持たず、上着を二重に折って下着の兼用としたという。

 彼自身はあまり弟子をもたなかった。彼の生き方があまりに厳しかったからだ。なぜ弟子に厳しくするのかと聞かれて、「医者だって患者にはそうしているよ」と答えた。彼はデイオゲネスにも下着を許さなかった。

 弟子があるときノートをなくして困っていると、アンティスネスは「紙の上にではなく、心の中に書きとめておくべきだったね」と言ったという。他に多くの逸話が「ギリシャ哲学者列伝」に書かれている。彼の言葉をいくつか引用しておこう。

<ロゴスとは、ものごとが何であったか、あるいは何であるかを明らかにするものである>

<鉄は錆によって腐食されるが、嫉妬深い人は、自分自身の性格によって蝕まれる>

<国家が滅びるのは、劣悪な人々をすぐれた人々から区別することができなくなるときだ>

<哲学から得られるものは、自分自身と交際する能力だ>

<悪人から誉められても嬉しくはない。多くの人から誉められたりすると、私も何か悪いことをしたのではないかと心配になる>

<敵から学ぶがよい。なぜなら彼らはこちらの欠点について真っ先に気付かせてくれるからだ>

<いろいろ学ぶのもよいが、学んだことを忘れないことが大切だ>

<徳は奪い取られることがない武器である>

<徳は実践のなかにあるのであって、多くの言葉も学問も必要としない>

 ところで、これらの逸話や言葉が後世に伝わったのは、ひとえに「ギリシャ哲学者列伝」という書物のおかげである。この書を書いたディオゲネス・ラエルティオスというのはどういう人かわかっていない。ただこの書を書いたと言うだけで名前が残っている。おそらく3世紀くらいに生きていた人ではないかと言われている。

 「ギリシャ哲学者列伝」は350冊もの書物からからの引用で成り立っている。しかし、それらの書物はほとんど今日伝わっていないという。とくにストア派関係の書物は多く失われた。その理由はキリスト教がこれを異教として迫害したからだ。

 ストア派はこうして抹殺されたが、ディオゲネス・ラエルティオスのこの書物が残ったことでこうして後世に多くのエピソードが伝えられた。私がデイオゲネスなる人物を知ることができたのも、ひとえにこの書のおかげだ。ストア派びいきの私にはとてもありがたいことである。 ついでに、ディオゲネスの言葉も引用しておこう。

<われわれ乞食にも、あなたのお腹のものを少し分けていただけませんか。そうすれば、あなた自身は身体が軽くなるだろうし、我々に恩恵を与えることになりましょうから>

<哲学から何が得られたかって。それはたとえどんな運命に対しても心構えができているということだろうね>

<汚らしいところに足を踏み入れても平気だよ。太陽だって便所の中に入り込むが、汚されはしないからね。>

<哲学に向いていないだと。立派に生きるつもりがないのなら、なぜ君は生きているのだね。君は理性をそなえるか、それとも首をくくるための縄を用意しておくしかないのだよ>

<世の中で最もすばらしいものは、何でも言えること(言論の自由、パールレーシア)だね>

<高貴な生まれとか、名声とか、すべてそのようなものは、悪徳を目立たせる飾りだよ>

<人生においては何事も、鍛錬なしにはうまく行かないものだ。人は無用な労苦ではなしに、自然に適った労苦を選んで、幸福に生きるようにすべきだね>

 小石に躓いて倒れたディオゲネスは死期を悟って、その場で息をつめて窒息死したらしい。いかにもこの人らしい最期である。彼を追放した故国の人々も、彼を称えて青銅の像をつくり、そこに次のような詩句を刻んだという。

<青銅も年月経てば老いるもの。
 されど、汝が誉れは、
 永久に朽ちることなからん・・・>


橋本裕 |MAILHomePage

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