橋本裕の日記
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| 2005年05月18日(水) |
ディオゲネスの弟子たち |
デイオゲネスには崇拝者がたくさんいた。例えばギリシャに留学しにきた異国の青年がたちまちデイオゲネスのとりこになった。これを心配した父親が彼の兄を様子を見に送り出したところ、彼も又たちまちデイオゲネスのとりこになって「犬のような生活」を始めたという。
財産家の中にもデイオゲネスに心酔するものがいた。クラテスはディオゲネスの聖者のような生き方に惹かれ、自分も彼のような簡素な生き方をして魂の修練をつみ、真実の幸福を得たいと考えた。そこで、すべての財産を人々に与えて無一物になった。
彼はだれの家であろうとかまわず上がり込んで、毎日が休日であるかのように冗談を言ってすごした。人々は彼のやさしい人柄を愛し、彼の訪問をおおいに喜んだという。そうした彼のやさしさを伝える逸話がいろいろと残っている。
大事な演説の途中におならをしてしまい、面目を失った男がいた。クラテスはその男を励まそうと、豆をたらふく食べてから彼を訪問し、思い切り放屁しながら、「おならを我慢していたら、きっと身体を壊すことになっていたかもしれないから、出してよかったのだよ」と彼を慰めたのだという。
彼は又、多くの女から愛された。ヒッパルキアという貴婦人は、すでに立派な婚約者がいるのに、クラテスに夢中になり、結婚してくれなければ自殺をするとまでいいだした。クラテスは何とか彼女を思いとどまらせようとした。
彼は彼女の前で素っ裸になり、 自分の貧弱な体を見せながら、「こんな肉体以外何も持たない自分と結婚したら、やはりあなたも裸同然で、他人の施しを受けながら犬のような生活をしなければならないんですよ。それでもいいのですか?」と言った。
ところが、彼女も又衣装をすべて脱いでみせた。「私が愛したのはあなた自身です。あなたが裸だからと言って、愛が減るわけはありません。私もこれから裸同然で生きて行くつもりです。あなたも裸の私を愛して下さると思います」と譲らない彼女を見て、クラテスは彼女の愛を受け入れたのだという。 結婚した後、ヒッパルキアは夫のいくところにはどこでもついていった。二人は犬のような無一物の生活をしながら、とても仲むつまじかった。二人のそうした姿を見て、人々は心をなごませ、二人を祝福したという。そしてヒッパルキアもまた、女性哲学者として歴史に名前を残すことになった。
このクラテスの弟子がゼノン(BC336〜BC269)である。ストア派を開いたゼノンもまたデイオゲネスほど過激ではなかったが、簡素な生活を実践した。そして、天然自然の理に従った生活のなかに、真実の魂の平安と喜びがあることを示した。
ストア派の実践哲学は市民にも受け入れられる穏健なものだったので、瞬く間に多くの人々の間に広がった。それはキケロやマルクス・アウレリウスといった著名な思想家を輩出し、ローマ時代から現代に至るまで、もっとも魅力的な哲学として生き残り、時代をこえて支持され実践されることになった。
(参考文献・サイト) 「ギリシャ哲学者列伝」(ディオゲネス・ラエルティオス、岩波文庫) http://www.geocities.jp/timeway/kougi-12.html http://www.interq.or.jp/sun/rev-1/D04-4.htm
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