橋本裕の日記
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2005年05月16日(月) 贋金作り

 ディオゲネスはBC410年頃に、黒海沿岸のシノペという町(現在はトルコ領)に、裕福な両替商の息子として生まれている。彼はあるとき、「国に広く流通しているものを変えるのがおまえの使命である」という信託を受けた。

 「国に広く流通しているもの(ポリティコン・ノミスマ)」とは何か。彼はそれを「貨幣」だと考えた。宗教・思想や習慣など、いろいろ考えられるが、彼があえて「貨幣」に着目したのは、それなりに理由があってのことだった。

 それは「貨幣」は人間が作りだしたものでありながら、実は人間を支配している元凶だと考えたからだ。デイオゲネスの時代は、すでに宗教は力を失っていた。プロタゴラスは「万物の尺度は人間である」と宣言していた。神ではなく、人間が主役である時代が到来していた。

 しかし、その主役の筈の人間もじつは貨幣に支配されていた。自由人を自称するポリスの市民も例外ではなかった。両替商の息子として生まれたディオゲネスは「貨幣の魔力」についてよく知っていた。彼の目には貨幣こそ現代の悪しき神のように見えた。

 しかし、この現代の神である「貨幣」の正体は何だろう。金持ちはいかにして金持ちになるか。それは奴隷をしぼりあげることによってだった。貨幣とは何か。それは搾取された労働ではないのか。

 マルクスはのちに「労働の疎外」という言葉を使ったが、こうした世のなかの仕組みを古代の奴隷制社会に生きていたデイオゲネスはよく理解していたようだ。たとえば、彼は金持ちの家に招待されて、「盗人、この門を入るべからず」という看板を見て、「それではこの家の者はどこから中にはいったらよいのか」と辛辣な言葉を吐いている。

 さらに、「家の中では痰を吐かないで下さい」と言われて、彼はその金持ちの主人の顔に痰を吐き付けた。「痰を吐いてよさそうないちばん汚いところを探したところ、君の顔がそこにあったものでね」というのがディオゲネスの言いぐさだった。

 神殿を管理する役人が、あるとき賽銭を盗もうとした男を捕まえて連行しようとしたところ、ディオゲネスは「大泥棒がこそ泥を捕まえたぞ」とはやしたてた。こうした逸話からもわかるように、ディオゲネスの社会を見る目はとても深かったことがわかる。彼は単なる悟り澄ました乞食の哲学者ではなかった。この時代には珍しい冷徹な経済学者でもあったわけだ。

 ディオゲネスは贋金を作ることで、「貨幣」というものの信用をなくし、その人間に対する支配力をそぎ落とそうとした。しかし、そんな大それた社会革命がディオゲネス一人の手でできるわけはない。彼は捕らえられ、財産を没収された上で、ふるさとのシノペから追放されることになった。

 彼はこうしてシノベをあとにし、異国に渡る船上の人になったわけだが、今度は思わぬ運命が彼をさらなる窮地に陥れた。彼を乗せた船が海賊に襲われたのだ。デイオゲネスは海賊に捉えられ、奴隷商人の手に委ねられた。彼はこうして自由の身分を剥奪され、奴隷の身分にたたき落されてしまった。

(明日に続く)


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