橋本裕の日記
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ディオゲネスが住んでいた樽は、半分壊れてもうだれも使わなくなったような代物だった。そこに彼は犬のように棲みついていたので、彼は「犬の哲学者」と呼ばれ、彼の一派は「犬儒派」と呼ばれた。
彼と同時代の哲学者にはプラトンやアリストテレスがいる。すこし時代が下がればストア派のゼノンや快楽主義のエピキュロスがいる。いずれも大勢の門人をかかえ、立派な邸宅に暮らしていた。そして大量の著作を残し、世の尊敬を受けていた。
そうした権勢のある哲学者とその門人から見れば、ディオゲネスはまさに「犬の哲学者」と呼ぶに相応しかったのだろう。彼は自分がそう呼ばれるのをいやがらず、すすんで自分を「イヌ」と自称さえしていた。
彼は樽の中にランプと水を入れる革袋を持っていた。彼は真昼からランプに灯をともして、アテネの町を歩いたことがある。アテネの人々がいぶかしがって声をかけると、「私はイヌと呼ばれている。そうかもしれない。それでは人間はどこにいるのか。私は人間をさがしているのだよ」と答え、相手の方にランプをかざし、じっと見つめるので、相手はうろたえて逃げ出した。
デオゲネスは「アテネに人がいなくなった」と言っていた。ディオゲネスにすればプラトンでさえ「人間」ではなかった。ましてや「哲学者」ではなかった。彼はソクラテスを尊敬していたが、プラトンの小説の中に出てくるソクラテスは嫌いだった。
ディオゲネスが尊敬するソクラテスは貧しい家に住み、誰彼となく議論を吹っかけて人々から嫌われていたソクラテスだった。ソクラテスはその辛辣な皮肉で人を刺した。そして名声を求めず、独り毅然として生きていた。ディオゲネスはそんなソクラテスが好きだった。しかし、アテネにはもはやソクラテスのような人間はいなかった。
ディオゲネスのランプは現在では「賢者の象徴」とされ、アテネ大学の徽章にもなっているという。しかし、当時のアテネのお上品な人々には、ディオゲネスが理解できなかった。犬儒派のことをシニシズムというが、辛辣なという意味のシニカルという言葉はここから来ている。ディオゲネスに弟子や門人はいなかったが、彼の辛辣な皮肉は、人を遠ざけるためにかなり有効だったようだ。
彼はランプの他に持っていたものといえば水を入れる革袋だが、彼は後にこれを捨てた。ディオゲネスはある日、子供が素手で水を掬っているのを見て、「おれは何という馬鹿者だったことか。おれは子供に大切なことを教えられた」と天を仰いだ。そして水袋をその場で捨てたのだという。
ディオゲネスはアテネの近郊に住んでいたが、アテネの住民という訳ではなかった。彼は「あなたはどこの国の人ですか」と人に訊かれるたびに、「太陽はいくつありますか」と逆に聞き返した。相手が「一つです」と答えると、ディオゲネスは嬉しそうに破顔一笑して、いつもこう答えていた。
「そうです。太陽は一つしかありません。そして私たちはだれもこの一つの太陽をいただいて暮らしているのです。私に祖国などありません。私はただ、この天の下で暮らしているのです。私は天下の住人です」
当時ギリシャは争乱の時代だった。アテネやスパルタがギリシャ半島の覇権を競って争っていた。ディオゲネスはそうした争乱を冷ややかな目で見ていた。ディオゲネスはどうして戦争が起こるのか知っていた。それは人間のあくなき所有欲である。
愛国心の正体も、彼の目にはこの所有欲のお化けでしかなかった。それはいずれ国を滅ぼすだろう。そのことをディオゲネスは知っていた。
(明日に続く)
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