橋本裕の日記
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| 2005年05月03日(火) |
世界に通用する対話力を磨こう |
朝日新聞が韓国の東亜日報社や中国社会科学院と共同で実施した世論調査によると、「日本嫌い」が韓国や中国で6割にもなったという。
中韓とも「日本が好き」というのは8パーセントしかなく、嫌いが好きを遙かに上回っている。ちなみに97年の調査では、「日本が嫌い」と答えた中国人は34パーセント、02年でも53パーセントだった。日本の国連安保常任理事国入りには、両国で8割以上の人が反対している。
これにたいして、日本でも「韓国嫌い」が22パーセントと「好き」の15パーセントを上回っている。「中国嫌い」は28パーセントで、「好き」の10パーセントを3倍近く上回っている。
小泉首相の靖国神社参拝などを契機に、日本と近隣諸国の関係がどんどん悪化している。憎悪が憎悪によって増幅され、ナショナリズムがどんどんエスカレートしている。この問題をどう捉えたらよいのだろうか。どうすればこの流れが変わるのだろう。
最近の中国・韓国の反日運動を見ていると、やはり日本は近隣諸国と様々なレベルでの対話が不足していたのではないかと思われる。経済大国の日本は、援助を餌に、経済力で物事を解決してきた。
卑近な例をあげれば、母親がそのいじめっ子を家に呼んで、「お金をあげるから、うちの子をいじめないで」と金を渡すようなものだ。
父親が「うちの子をいじめたら承知しないぞ」とげんこつをお見舞いする軍事的解決よりはましだが、もっとよいのは、相手の子供と対話し、良心に訴えて納得させることだろう。
日本社会には対話が不足している。教師は生徒と、親と子供と対話する必要がある。親同士の対話も大切だ。こうした対話によって言語力が磨かれ、ほんものの思考力が培われる。
民主主義を育てるのは「対話」である。力による政治ではなく、対話による政治を実現するためにも、対話力の養成がはかられねばならない。日本が国際社会で通用する政治力をもち、尊敬を勝ち取るために必要なのは、まず日本社会がこうした対話を重視する社会に生まれ変わることだろう。
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