橋本裕の日記
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水木しげるさんの「私の幸福論」(PHPの5月号)を読んだ。水木さんはそこで、「自分の好きなことをやるために、人は生まれてきたのだ」と語っている。
水木さんはさらに、「やりたいことがみつからないと言う人がいますが、まずは自分が好きなことは何かと考えること。小さい頃に熱中したものを思い出すんです」と書いている。
水木さんは小学生の時は毎日2時間目から登校していたそうだ。理由は毎朝ゆっくり朝食をたべていたからだという。先生にいくら叱られても、「ゆっくり食事をするたのしみ」を捨てることができなかったそうだ。
戦争で南方のニュープリテン島に行くが、爆撃で左腕を失ってしまった。そこで前線から後退し、島の人々と交際するようになって、彼等の生活ぶりに驚いたという。
<彼等は朝起きると、主食であるバナナを採りにいく。暖かいから、放っておいてもバナナの木はどんどん実をつける。それは小さな部族を養うには充分な量です。そして昼間は涼しい家の中でのんびりしている。厚い日中にわざわざ働こうまどと考えない。いや、彼らにとっては労働という観念さえないのでしょう。
毎日をのんびりと暮らし、客人が来れば心からもてなす。祭りの日にはみんなで歌い踊る。ただそれだけの生活です。彼らには義務のような仕事などありません。暑いから洋服など必要ないし、食べ物も周りで採れるもので充分。もしかしたら人生の目標なんていうものもないのかもしれない。それでも彼らは、とても満ち足りた表情をしていました。
彼らのなかには「幸せ」という言葉はありません。それでも彼らの村には「幸せ」の空気が充満しています。それは彼らの日常生活のなかに、幸せが自然に組み込まれているからです。親子の愛情も隣人への思いやりも、全てが生活のなかに組み込まれている。あえてこれが幸せですと取り出して確かめなくても、ほのぼのとした幸福に包まれているんです。・・・・
戦争が終わってラバウルを去るとき、彼らに引き止められました。家も建ててやるからずっと一緒に暮らさないかと。本気で私は永住しようと思いました。いろいろな事情で適いませんでしたが、私は彼らの村に流れる幸せの空気を、日本に帰国してからも思い出しながら、暮らしてきました>
ラバウルの人たちは実にわかりやすい生活を送っている。水木さんは私たちも、天然自然に生きるラバウルの人々のように、人生をいじくりまわしたりせず、もっとシンプルで、わかりやすい人生をおくるべきだという。
わかりやすい人生とは、「自分の好きなことをして生きる」ということだ。私も50歳を過ぎたら「天命」を大切にしたいと思っている。「天命」とは何か。それは「自分のすきなこと」だと思っている。
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