橋本裕の日記
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文絵は国原を外に待たせて、アパートに入った。テーブルの上の灰皿を茶箪笥の中に入れた。それから、鹿島が買ってきたワイングラスも片づけた。それでも男の匂いがどこかに残っていた。文絵はベランダを開けて、風を入れた。
国原が文絵の部屋に入るのは、引っ越しの時以来だった。文絵がカレーライスの用意をする間、国原はベランダに出て、あたりの景色を眺めていた。ベランダには鹿島が持ってきたサボテンの小鉢が並んでいた。国原はそれも珍しそうに眺めた。
「やあ、ここから御嶽がみえる」 国原の声で、文絵もベランダに出た。国原の指さす方を見ると、たしかに白い山がかすかに見えた。 「ほんとね。山が見えたのね」
福井に住んでいた頃は、周囲が山だった。春先でもまだ山が屏風のように白く連なっていた。名古屋に住むようになって、文絵は雪山を眺めることもなくなった。自然に抱かれたふるさとのくらしが懐かしかった。足羽川の桜並木も咲き始めたかも知れないと思った。
茶卓に二人分のカレーライスを並べ、文絵は国原と向かい合って坐った。数年前、二人は毎日こうして食事をしていた。文絵はそんな頃を思い出し、カレーライスを食べた。国原も思い出したようだった。
「料理の腕をあげたな」 「そうかしら」 「前は薄くてしゃぶしゃぶだった」 「おかわり、あげようか」 「いや、もういい」
食べ終わると、国原は畳の上に寝転がった。国原は横向きに肘枕をしながら、ぼんやり文絵を見ていた。文絵はまだ半分も食べ終わっていなかった。食べながら、スカートの素足が気になった。
しかし、国原に見つめられるのが不快ではなかった。むしろ、文絵は国原の感情のない無表情が物足りないくらいだった。文絵は膝頭を崩すと、指先でスカートの裾を膝の上に伸ばした。国原は戸惑ったように視線をはぐらかし、やがて目を閉じた。
文絵はカレーライスを食べ終わると、タヌキ寝入りをしている国原の枕元を通って食器を台所に運んだ。食器を洗いながら、思わず微笑が零れ、鼻歌を口にした。そのとき、後ろに人の気配がした。振り向くと、国原が立っていた。
文絵はグラスに水を注いで、国原に渡した。国原はグラスを置くと、文絵を見つめた。 「水が欲しかったわけじゃないんだ」 国原の視線に男の欲望がこもっていた。文絵の頬がみるみる赤くなった。そんな文絵を、国原はしっかりと抱き寄せた。
国原の口づけはカレーの匂いがした。国原の愛撫には素朴な温かさとやさしさがあった。文絵はいくども快楽の頂に登り、谷に溺れて我を失った。最後は、国原の胸の中で子供のようにむせび泣いた。(明日に続く)
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